花火大会 4
アイスを食べ終え、買ったお菓子も分け合って食べ終えると、みんな、なんだかすっかり落ち着いてしまった。
千紗は、冷たい麦茶を一口飲むと、両手を後ろについて空を眺めた。
空気がだんだん澄んできている。夜が近づいてきたのだ。時折吹き抜ける風は、昼間より涼しく、ほんのり木々の緑の香りがした。その良い香りの風を、胸いっぱい吸い込む。
ぼんやり空を眺める千紗の首筋に、小石のような物が軽く当たった。振り返ると、斜め上に座っていた菊池が、笑って千紗を見下ろしている。
なんだか妄想の中の光景のようだ。だから千紗は、妄想の中でそうしていたように、きわめて素直に菊池に微笑んだ。それから急いで前に向き直ると、自分の膝を抱え込んだ。そうしないといられないほど、急に恥ずかしくなったからだった。
それからしばらく、みんな、階段に寝そべるように寄りかかりながら、暮れゆく空を眺めた。
「今、何時」
しばらくして、真由子がぼんやりと尋ねた。
「五時四五分だよ」
長岡博が答える。
「え、もう、そんな時間なの」
驚いて真由子が立ち上がった。
「行かなきゃ、まずいじゃん」
「そうだな、そろそろ行かなきゃな」
階段に寄りかったまま、気怠そうに長岡が言った。
「なんだか、だりいな。このままずっとここにいるか」
頭の後ろに腕を組んで、空を眺めながら、菊池が言った。
「何言ってんの、これからが今日のメインだっていうのに。ほれ、ゴンちゃんも立って。ゴミ片付けて行くよ」
「あ~い」
「もう、ゴンちゃんまで、そんなふぬけた声、出さないの」
真由子があきれて言った。
「花火大会は、これからなんだから。しっかりしてよ」
「そうだな」
長岡博が同意して立ち上がり、
「よし、学校に行くぞ。花火大会の始まりだ!」
パチンと一つ、手を打った。
校庭に着くと、すでに大勢の人影があった。待ちに待った花火大会に興奮気味なのか、みんなからは、昼間の暑さとは異なる、熱気のようなものが感じられる。
「なんだよ、お前ら早いじゃん」
驚いた菊池が大声を出すと、
「うるせえ、幹事が後から来てどうすんだよ」
と言い返され、あたりからわっと笑いが巻き起こる。
千紗と真由子は、たちまち興奮状態の女子に取り囲まれた。
「もう、この日を待っていたわよ!」
前田香奈子は、千紗と真由子に飛びつかんばかりの勢いだ。
「ほかに楽しい予定なんて、一つもなかったもん、この夏休み」
「あたしも。塾と家との往復ばっかりだった」
杉本菜摘もいつもより声高だ。ほかのみんなも口々に不満を並べ始める。
「どこにも出かけられないのに、家にいたって、親から勉強しろ勉強しろって、そればっかり言われてさ」
「もういい加減、うんざり」
「花火大会があって本当に良かったよ」
「本当。花火大会があるんだから頑張ろうって、思えたもん」
「あたしも」
「あたしも」
「だから、ほんとにありがとね。ね、二人とも!」
興奮気味のみんなに詰め寄られ、揺すられ、すっかり押され気味の二人だ。
「そそ、そんな・・・。あたしはただ、真由ちゃんに誘われて、幹事をやっただけだし・・・」
「いや、あたしだって、ゴンちゃんが一緒に幹事やってくれなかったら、花火大会なんて、やらなかったし・・・」
目を白黒させながら二人が言い訳しても、誰も聞いてはいない。これから始まる花火大会への期待で、胸がいっぱいなのだ。
よく見ると、女の子達はみんな、服に合わせて髪にリボンをつけたり、胸元に小さなペンダントを下げてみたりと、学校にいるときにはできない、小さなおしゃれをしている。きっと出かける前に、念入りに選んできたのだろう。
千紗はふと、去年、お祖母ちゃんに買ってもらった、月と星をあしらったペンダントをしてくれば良かったな、と思った。
そんな女子の思いを知ってか知らずか、男子達は、いつもより少し遠巻きに女子を見ている。そのうち、どこから見つけてきたのか、数人の男子がゴムボールを手に、キャッチボールを始めた。
幹事の四人は、てきぱきと花火大会の準備に取りかかった。
風があるので、火種にするろうそくは、バケツの中に固定することにした。そうすると消火用のバケツが足りないので、菊池と長岡博が学校に忍び込んで、バケツをいくつか持ち出した。
千紗たちが、ろうそくに火を点け、水を運んだりしているうちに、辺りはどんどん暗くなってくる。いよいよみんなの顔も見えにくくなった頃、待ちに待った時間がやってきた。




