花火大会 2
千紗はだんだん不安になってきた。
菊池の奴、急に来ないってことないよな。もしそんなことになったら、そしたらもう、どうしたらいいんだろう。千紗が、心の中であれこれ思い悩み始めた頃、やっと大通りをこちらに向かってやってくる、菊池の姿が見えた。
ブルージーンズの上に白のポロシャツを着ている。その姿だけで、もう千紗は息がとまりそうになってしまう。
「菊池、遅~い! ほれ、ダッシュダッシュ」
千紗とは異なり、なんの屈託もない真由子は、菊池に向かって大声をあげた。それを聞いて、渋々菊池が走り出した。手に持ったバケツが、ぶらぶらと揺れている。
「おい~す!」
菊池は、みんなに向かって陽気に片手を上げた。
「家を出てから、バケツ忘れたことを思い出してさ。もし忘れたなんてことになったら、野村に殺されるだろうから、慌てて取りに戻った」
「どうせ、家を出たのも遅かったんでしょ」
「遅れたって、ほんの十分じゃん」
「十五分です」と真由子が厳しい声で訂正したが、菊池は意に介さない。
「それより野村さー、ほんとにバケツなんかいんの? 学校の使っちゃえば、よくない?」
「それはだめだって昨日も言ったでしょ。勝手に使ったのばれたら面倒だもん」
「ばれないって」
「ああ、もう、うるさいなぁ。ほれ、あんたのせいで時間過ぎてるんだから、行くよ」
勢いよく袋を持ち上げると、真由子が先頭を切って歩き出した。
ショッピングビルに着くと、特に急ぐ必要もない四人は、本屋をのぞいたり、おもちゃ屋を冷やかしたり、意味もなく中をうろうろした。
偶然、婦人物の下着売り場の前に来たときは、菊池と長岡が肩を組んで何やらクスクス笑うので、女子二人でぐいぐい押して通り抜けた。パソコン売り場では、菊池と長岡がけっこう気を合わせて商品を吟味していたし、洋服売り場では、千紗と真由子がなるべく変な服を見つけては、お互いにすすめ合って笑った。
ただ商品を見るだけのことが、こんなに楽しいなんて。千紗は驚きながら思った。もともと、買い物になんぞ大して興味の無かった千紗は、一階のベーカリーくらいしか、来たことがなかったのに、今日はまるで、遊園地にでも来ているかのような楽しさではないか。
あんまりにも楽しいので、ついうっかり、本日の大切な用件を忘れそうになったくらいだ。
「それにしても、花火はどこで売っているんだろうな」
と首をかしげる長岡博に、残りの三人がハッとなった。しまった、忘れてた。
「おもちゃ屋じゃない? だって、遊ぶものでしょ」
「でも、さっきのおもちゃ屋にはなかったよ」
「ここがデパートだからかも。スーパーのおもちゃ屋ならあるんじゃない」
「じゃ、隣のビルだな。確か、三階に連絡通路があったよ」
「ねえ、でも、そこにも花火売ってなかったら、どうしよう。どうする?」
走り出しながら、千紗が聞いた。
「多分、コンビニに花火セットがあるよ。割高な気がするけど」
長岡が素早く答える。
隣のビルにあるおもちゃ屋に花火を見つけて、四人はほっとした。しかもその店には、小さいながらも花火コーナーが作ってあって、まあまあの品揃えだった。
女の子達が様々な色や大きさの手持ち花火を選ぶと、男子も負けずに、煙幕やヘビ玉、ロケット花火や爆竹などを買い物かごに放り込む。一番盛り上がる打ち上げ花火も、もちろん買う。
途中で合計金額を計算し、予算に少し余裕があるので、千紗達が手持ち花火を増やそうとすると、菊池達が負けずに爆竹を増やそうとする。
「爆竹なんて、こんなにたくさんいらないよ」
と、千紗が抗議すると、
「いいじゃん。これないとつまんないよ」
と菊池。
「爆竹の何がそんなに楽しいの? 音がうるさいだけじゃない」
「それがいいんじゃん。ゴリエが、ギャアギャア言うのが面白いんじゃん」
「そりゃ、ゴンちゃんのリアクションは面白いけどさ」
と、真由子が笑うと、長岡博までが「あっはっは」と笑い声を上げた。
「まったく、男子ってみんな本当にばかだね。っていうか、真由ちゃんまで何よ」
千紗があきれて声を上げると、三人そろって大笑いした。
その後、四人はあれこれ迷ったが、打ち上げ花火を増やして会計を済ませた。お金は、幹事が一人二千円ずつ出し合って払い、今日の参加人数で割って、最終的な金額を決めることになっている。
その面倒な会計を、真由子が進んで引き受けてくれた。真由子は、そのための小さなノートとペンも持参していた。
「あと、ろうそくがいるよ」
「ライターもいるんじゃない」
「ああ、そいういうのは、あたしが家にあったのを持ってきたから、大丈夫」
真由子の一言に、残りの三人が一斉に、
「さっすが~」
と唸った。
これだから真由子の言うことには、菊池でさえ逆らえないのだ。




