花火大会 1
八月二十四日。
待ちに待った花火大会の日。
空はからりと晴れ上がり、ほどよく風も吹いて、なかなかの花火大会日和になった。
まだ、待ち合わせまで二十分はあるというのに、千紗は、もう駅前のショッピングビルの前に立っていた。花火大会の前に、幹事が集まり、花火を買ったりして、準備をするためだ。その買い物に胸がわくわくしてしまって、家にいられなかったのだ。
お気に入りのワンピースを着て、髪をポニーテールに結っている千紗は、この夏、また 少し背が伸びたこともあって、すらりと見えた。ハンカチやお財布を入れた小さなポシェットを肩にかけ、白いサンダルを履いて、精一杯おしゃれに決めてきたつもりだが、しかし残念なことに、手には汚いずた袋を下げている。
実は、昨夜、野村真由子から、
「夜だから懐中電灯は絶対でしょ。あと、花火大会が終わった後、跡形もなくきれいにしておかないと、二度と校庭を使わせてくれなくなるだろうから、箒とちり取りも絶対に持ってくること!」
と、業務連絡があったのだ。
せっかくお気に入りのワンピースを着るというのに、箒とちり取りなんて持ちたくはなかったが、真由子の指摘はいつも的確なので、渋々従う。これらが全部入るものをと家中探し回ってやっと見つけたのが、この汚いずだ袋だったのだ。嫌だけど、箒を直に持つことを思えば、まだましではある。
風が吹いて、ワンピースの裾を揺らした。
千紗が、きょろきょろと落ちつかなげに辺りを見回していると、通りの向こうから、野村真由子と長岡博が、そろって歩いてくるのが見えた。
真由子が大きな袋を下げているはいいとして、長岡博までもがバケツを下げているのを見て、千紗は思わず吹き出しそうになる。彼もまた、昨夜、指令を受けたのだろう。
笑いを堪えて手を振ると、二人も絵顔で手を振り返してきた。
信号が青に変わると、真由子が横断歩道を走って渡ってきた。
「おーい、ゴンちゃーん、ちり取りと箒、忘れずに持ってきた?」
真由子の言葉に、千紗がずだ袋を持ち上げてみせると、真由子は満足そうに頷いた。
いつもより、何だかそわそわと落ち着かない真由子に、ああ、真由ちゃんも、あたしと同じくらいうきうきしてるんだ、と千紗は思う。
「真由ちゃん、久しぶりだねぇ。元気にしてた?」
真由子と会うのは、あのドーナッツ屋以来だ。
「元気だけどさ、塾の宿題が大変で、参ったよ。それで、学校の宿題、まだ全然手を付けてないんだ。ゴンちゃんは? 進んだ?」
「ん~、あたしは半分くらい終わったかな。長岡くんは? もう、終わっているとか」
「学校の宿題? 俺、まだ全然やってない」
長岡博が平然と答えた。
「うそ! 全然なの?」
「まじで?」
女子がそろって声を上げた。
「長岡くんて、7月中に宿題終わらせてそうなのに」
「まさか、まさか」
と、長岡博は顔を左右に振った。
「俺、夏休みの宿題なんて、いつもぎりぎりにならないと、やらないよ。学校始まっても、まだ終わってないこともあるし」
「へぇ、意外」
千紗は、目を丸くした。そして、どうも、長岡博は、こちらが勝手に思っているのとは少し違う人らしいと、改めて思った。慎重で、安全な道しか選ばない人だと思っていたけど、三年生になって生徒会幹部になったり、夏休みの宿題をちっともやらなかったり、この人、ただの優等生とは少し違うな。
二人の話を聞いて、半分以上、宿題が片付いているあたしは、進んでいる方だな、と、千紗は心の中で思った。でも、その分、みんな、塾の勉強をやっているってことだ。塾に頼らないと決めた自分も、油断せず、これまで以上にしっかり勉強しなければいけない。
千紗は不安を払いのけるように、自分に言い聞かせた。大丈夫。模試の成績は上がってきているんだから、今のやり方は間違っていないはず。
「それにしても、菊池は、まだかな」
長岡が時計を見ながら言った。
「まさか、今日だってこと、忘れてないよね」
千紗が少し心配になって言うと、
「忘れるわけ無いよ。だって、あたし昨日、菊池に電話したもん。明日三時に集合って。でもあいつ、ちゃんとバケツ持ってくるかな」
真由子が首をひねっている。
「もし忘れていたら、取りに行ってもらえばいいじゃない。菊池の家って、この辺でしょ」
と千紗。
「だからだよ。一番近い奴が、一番遅くに来るって、よくあるから」
長岡博が笑った。
「そうそう」
と、真由子が同意する。
「五組の武田くんなんかさ、始業のベル聞いてから家を出るんだって」
「武田くんって、どこに住んでるの?」
「あれだよ、裏門のすぐ前に五階建てのマンションあるでしょ、あそこ」
「そんなに近いの」
「いいなぁ、楽だよなぁ。うちなんて学校まで十五分はかかるもの」
「でも、武田くんて、遅刻の常習犯でしょ。間に合ってないんじゃん」
「だから、そんなもんなんだって、人間なんて」
三人そろって、笑い声を上げた。
やがて時間は三時を十分ほど過ぎた。それでも菊池は現れない。




