姉と弟 4
さて、夏休みも残り少なくなってきたある晩のこと、家族三人で夕食を囲んでいた時に、母親がしきりに、最近千紗が痩せたようだと言い出した。
「ええっ、それほんと?」
痩せた、と言われただけで、顔がにやけてしまう千紗だ。
「嘘だあ。だってあたし、全然、ダイエットなんてしてないよ。本能のままに、食べたいだけ食べているよ」
てんこ盛りのご飯茶碗を掲げながら千紗が言っても、
「でも、痩せたわ、お姉ちゃん。そうは思わない、伸ちゃん」
と、母は譲らない。
「う~ん、確かにそう言われれば、姉ちゃんの顔、前より小さくなったかも」
「マジで?!」
千紗は、喜びのあまり、ぴしゃっと音を立てて、口を押さえた。
「本当に、あたし、痩せて見える? 信じられないんだけど」
千紗は、うれしくて、そわそわする気持ちを抑えられない。
「痩せたわよ。試しに体重をはかってご覧なさい。減っているはずだから」
「まさかあ。でも、ちょっと計ってこようかしら」
食事の途中だというのに、箸を置いて、いそいそと立ち上がった。洗面所で体重計を出しながら、夕食を半分くらい食べてしまったことに気がついたが、まあいいか、試しだからと体重計に乗ってみた。
「ええっ、うそでしょう」
驚いたことに、千紗の体重は、前回量った時より三キロも減っていたのだ。服を着て、夕食中なのにこれだけ減っているってことは、これは、どう考えたって痩せたってことだ。そうやって改めて鏡を見てみると、確かに頬のあたりの肉が少し減って、首がすっきりしたように見える。腕も細くなったような気がする。
「ぃやった~い!!!」
千紗は、鏡の向こうの自分に向かって、拳を突き上げて見せた。そして、ものすごい勢いでダイニングに戻ると、
「痩せてた! お母さん、あたし痩せてたよ!!」
と、ぴょんぴょん飛び跳ねながら言った。
「やった~、でもどうして? ダイエットなんて、すっかり忘れてたのに!」
頬に手を当て、手が付けられないほど浮かれかえっている千紗に、伸行があきれて
「ばっかじゃないの」
と言うと、それを耳にした姉が、小躍りしながらも間髪入れずにぺしっと弟の頭をはたきつけた。
「あんたにはわかんないの。お姉様の気持ちなんて」
しかし、浮かれる千紗とは裏腹に、母は心配そうだ。
「考えてみれば、お姉ちゃん、お母さんが病気してから、勉強もお手伝いも、ずっと頑張っていたものね。だから痩せたのよ。でも、大事な時期に、体でもこわしたら大変だわ」
「なぁーに言ってんの」
千紗は、小躍りしながら言った。
「あたし、こんなに元気じゃないの。それにあたし、今までにないほど充実しているんだから。だから、心配いらないって。それにしても、こんなに食べているのにどうして? っていうか、うれしい。やったあ! 神様、ありがとう!」
千紗のあまりに陽気な喜びように、とうとう母も伸行も釣られて笑い出してしまった。
「もう、千紗ったら」
「うるっせーなぁ。ねーちゃんはほんと、アホだよ」
しかし、ひとしきり笑った後、母は真顔になって言った。
「まあ、お姉ちゃんが元気なら、それでいいけど。でも、絶対に無理はしないで。あと、食事はしっかり食べてね」
「オッケー。任せて」
千紗は、勢いよく箸を手に取ると、大好物のポテトサラダを、口いっぱいに頬張った。




