もうすぐ夏休みだというのに その4
さやかに続いて、彼女のちょっと後ろから、彼女の仲良しがゆっくりと歩いて来るのが見えた。それを見て、千紗は再び下駄箱に張り付いた。出来れば下駄箱に同化したかった。
「おう、鮎川じゃん」
一瞬にして、菊池の関心がさやかに移ったと、千紗は思った。
さやかは、子ウサギのようにぴょんと下駄箱に飛び降りると、菊池の隣からスニーカーを取り出した。
「菊池って、明日の社会、自信ある? どの辺が出るか分る」
さやかは、小首をかしげるようにして菊池を見上げた。
菊池は長身ではないが、小柄なさやかだと、見上げる感じになる。この二人は、どうしてこんなにお似合いなのだろう。千紗は、自分も小柄だったらよかったのにと思った。
「それ分るくらいなら、苦労しないわ」
菊池が,鞄を肩に引っかけて歩き出すと、後を追うように、さやかも並んで歩き出す。そのまま二人は何となく連れ立つように、下駄箱を出て行った。
菊池とさやかの少し後ろを、さやかの仲間たちが続く。さやかが途中から合流できるように、それでいて二人の話し声が聞こえないような、絶妙な距離を取る彼女たちに、
(すごいなぁ)
と、千紗は感心してしまう。
千紗は、お似合いの二人が歩く姿を、それ以上見ていられなくなって、視線を落とした。千紗がお似合いだと思うのだから、誰が見たって、いや、当人だって・・・。
千紗は、中二の終わり頃、もし来年も同じクラスだったら、それで、もしまた一緒に学級委員なんかになったら、菊池の隣を自分が歩けるのではないかと、何度も妄想したことを思い出した。思わず苦笑いがこみ上げる。あたしって、どれだけおめでたいんだろう。見てごらんよ。これが現実なんだから。
「ゴンちゃん、お待たせ」
その時、静かに声をかけられた。千紗が振り返ると、山田菜緒が立っていた。
「遅くなって、ごめんね」
「あ、やまちゃん。全然」
千紗は空元気を出して、大きく手を振って否定した。
帰り道、千紗は、いつも通りに振る舞おうと、騒がしくはしゃいで見せた。けれど、それ自体、不自然な気もして、だんだんと口数が減っていく。
「どうした、ごんちゃん。何かあった?」
山田菜緒に聞かれて、千紗は素直に、下駄箱での出来事を、菜緒に話した。言葉にすると、出来事はさらに千紗にとってつらいものに感じられた。きっと、今日、二人は付き合うことになるのだ。そうだ、そうに違いない。
しょんぼりする千紗に、菜緒は、
「子分連れているうちは、付き合うってならないんじゃない」
と言った。
「子分って、山ちゃん」
菜緒の辛辣な言葉に慌てる千紗だが、
「子分じゃなければ、監視。あんな監視が付いていたら、菊池君も楽しくはないと思うけどなあ」
と、菜緒は動じない。
「確かにそうかもしれないね。うん、そうだよ」
菜緒の言葉に、千紗は少し元気を取り戻した。
「ゴンちゃんは,ゴンちゃんのままでいれば良いんだよ。胸を張りなよ」
千紗の心の中を見透かしたように、菜緒が言った。
「うん」
千紗は、菜緒が励ましてくれると言う事実が、ただ嬉しかった。
「もう終わっちゃったけど、数学のテストで菊池のばかを倒す」
そう言って、千紗が逞しく拳を振り上げると、
「そう、それそれ」
と、山田菜緒は笑った。
「そこが、ゴンちゃんのいいところなんだから」
「うんうん」
山田菜緒と一緒に笑いながら、でもね、やまちゃん、と、千紗は心の中で付け足した。菊池はね、さやかが来ると、吸い寄せられるように、彼女を見るんだよ。そしてその瞬間、あたしはどんなに菊池の近くにいても、壁とか下駄箱に同化して、見えなくなってしまうらしいんだ。