お母さんが倒れた! 5
「あ、おじいちゃんたち来た!」
千紗が、勢いよく階段を下りて玄関にゆくと、すでに伸行によって開けられたドアから、祖父母が入ってくるところだった。
「こんばんは~。あら、伸ちゃん、また背が伸びたのね。お姉ちゃんも、まあ、ちょっと見ないうちに、また少女になって」
祖母の柔らかな笑顔は、暗く緊迫していた家の空気を、たちまち和やかなものに変えた。
「いやあ、まだ道路が混んでいてね。ちょっと遅くなった。」
後ろから入ってきた祖父は、そう言いながら、なにやら大きな荷物を床に置いた。
「まだ車に荷物があるんだ。伸君、手伝ってくれるかい」
祖父と伸行が外に出て行くと、祖母はてきぱきと手を洗ってエプロンを身につけた。
「お母さんはどんな様子?」
「頭痛は収まってきたって言ってる。でも、熱はまだ、高いと思うの。ねえ、おばあちゃん、お母さん、今晩中にお医者様に連れて行かなくていいかな。こんな時間にやっているお医者様ってどこだろう。救急車呼んだ方がいい」
「救急車ですって? もちろん、救急車なんて呼ばなくても大丈夫よ。いざとなったら、おじいちゃんの車もあるし。ま、とにかく本人に会ってみなくちゃね」
明るい笑顔を千紗に向けると、祖母は、母の寝室に入っていった。
「洋子」
祖母が母に話しかけた。
「洋子、熱が出たんですって。具合はどう?」
「あ、お母さん。来てくれたの? 大丈夫なのに」
「頭痛は、つらいの?」
「う・・・ん。薬のおかげか、ちょっと収まった気がするけど、やっぱりつらいわ」
「あなた、熱いわね。もう一度熱を測って。はいこれ、体温計。それから、千紗、お母さんの病院の診察カードってどこかしら。見つけてきてくれない」
「診察カードは、洋服ダンスの一番上の右側の小引き出しに入ってるわ、千紗」
母に言われたとおりに引き出しを開けると、診察券が、千紗、伸行、母の分と、きちんと分けてしまってあった。
「あ、あった。おばあちゃん、これ」
千紗が、母の分の数枚を祖母に渡すと、祖母はそれを一枚一枚丁寧に眺めた。
「ねぇ、洋子。この駅前の病院、診てもらえないかしらね」
「さぁ、夜間診療してるかどうか、わからないわ」
「電話して聞いてみましょう。あ、千紗、できたら、この氷枕、取り替えてあげてちょうだい。もう、氷が溶けてぬるくなってるから」
千紗が、氷枕を持って階下におりてくると、祖父は伸行の案内で、押し入れの奥から、来客用の布団を取り出しているところだった。家の中が、急に生き生きと活気づいたようだ。
「千紗、お母さんの様子、どうだい? おばあちゃん、なんて言っていた?」
そこへ、祖母が現れた。
「あなた、やっぱりさっき駅前で見つけた病院が、やってましたよ。すぐに洋子を連れて行きたいので、車をお願い」
「よし、わかった」
祖父は伸行に、「後は頼んだよ」と言うと、そのまま玄関を出て行ってしまった。千紗は、台所に入ると、すっかりぬるくなってしまった氷枕の水を捨て、冷凍庫から出したての透き通った氷を入れ、水を注いだ。
千紗が、氷枕を持って寝室にゆこうとすると、祖母に支えられて、母がゆっくりと階段を下りてくるところだった。
ティーシャツにジャージのズボンをはいている。おしゃれな母が、こんな格好で外出するなんて、ものすごく珍しいことだ。
「それじゃ、ちいちゃん、伸君、ちょっと病院まで行ってくるから、しっかりお留守番、お願いね。子供たちだけだから、戸締まりや、火の始末には、本当に気をつけてね。何かわかったら電話するけど、眠たかったら寝てしまっていいからね」
気分の悪そうな母に代わって、祖母はそれだけ言い置くと、母を連れてあっという間に出かけてしまった。




