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Twinkle Summer   あたしが千紗だ、文句あるか5  作者: たてのつくし


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お母さんが倒れた! 2

 通りに出ると、駅前のコンビニに向かって、走り出す。

 夏祭りの楽しさを引きずって、家路に向かうのんびりした人の流れに逆らうように、ひたすら走る。足に絡まるスカートが邪魔だ。千紗は人目もかまわず、裾を持ち上げて走り出す。


 早く、早く、急がなきゃ。千紗の脳裏に、辛そうな表情を浮かべ、ベッドに横たわる母の姿が、心細げに千紗を待つ、伸行の青白い顔が、次々に浮かぶ。その思いを振り切るように、路地を曲がり、坂を下り、精一杯走る。


 露店の並ぶ大通りを駆け抜け、道路を斜め横断し、駅前にあるコンビニエンスストアに、千紗はなだれ込んだ。肩で押すようにして店の中に入ると、突然、まぶしいほどの明るさと涼しさに包まれた。

 まぶしさに目を細め、肩で息をしながら、買い物かごを手に取る。それほど人のいない店内は、静かだ。先ほどまで蒸し蒸しと千紗にまとわりついていた汗が、今は冷たく体を冷やして行く。


 千紗は、慌ただしく飲み物コーナーにゆくと、スポーツドリンクの二リットルサイズを二本、かごに放り込んだ。それから、冷凍のコーナーで氷を探す。そこには、千紗たちがいつも買っているアイスクリームばかりで、氷の袋が見あたらない。


 考えてみれば、これまで、アイスクリームやお菓子は買っても、氷なんて買ったことがなかった千紗は、急にコンビニに氷がある確信が持てなくなった。まさか、コンビニに氷が売ってないなんて、そんなことないよな。不安を感じながらも、あちこちの棚をのぞく。すると、冷凍食品やファミリーサイズのアイスクリームが入っている冷凍のショーケースの中に、やっとその地味な袋を見つけ出すことができた。

 千紗は、少し考えて氷の大袋を二つ取ってかごに放り込む。これでよし。千紗は、大急ぎで数人並んでいるレジの一番後ろに立った。


 早く早く。お願いだから早くして。

 のんびりとお財布からお金を出すおばさんの背中に、保温ケースの中にあるフライドチキンとポテトフライを、どちらにしようかと迷っている若いサラリーマンに、千紗は心の中で懇願した。ここでこうしている間にも、家で何かあったらどうしよう。そう思うと、気が気ではない。

 やっと自分の番が来た。千紗は、お財布からそわそわとお金を出しながら、思った以上に時間がかかった気がして気がせいた。急がなくちゃ。急いでお金を払って、そして・・・。


 その時、ぽんっと誰かが千紗の肩をたたいた。ぎょっとして飛び上がるように振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた菊池の顔があった。


「わ、何だよ、ゴリエ」

 千紗の様子に、菊池亮介の方が驚いている。

「何、そんなにびびってんだよ。こっちがびっくりするわ」

 千紗は何も言わない。ただ目を丸くして、ぱちぱちと瞬きをするだけだ。


「わかった。露店の食いもんじゃ足りなくて、なんか買い食いしに来たんだろう。ゴリエ、大食いだから」

 菊池はそんなことを言って、のんきに笑っている。菊池の笑顔に、何か言葉を返したいのだが、やっぱり千紗は言葉を発することが出来ない。


「ん? どうした、ゴリエ。何で黙ってんだ。っていうか、なんかあったの、お前」

 貝の様に口を閉じたまま、強張るばかりの千紗の様子に、菊池の表情が変わった。

「どうした。何があった。ゴリエ、黙ってないで、何か言ってみ」


 菊池が、なだめすかすように声をかけても、千紗は口を開かない。何も言わないまま、店員に向き直って、買い物袋とおつりを受け取とると、去り際、一瞬だけ菊池を振り返った。けれど千紗は、結局は何も言わずに、コンビニの扉を押した。


「おい! 待てよ、ゴリエ!」

 閉まるドアの向こうから、菊池の声が聞こえた。それでも千紗は振り返らなかった。今振り向いたら、一言でも言葉を発したら、わんわん泣いてしまいそうだった。でも、今は泣く時ではない。泣いてはならない。

 千紗は、そのまま店を出ると、菊池の声が耳に入らなかったかのように、まっすぐに家に向かって駆けだした。



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