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Twinkle Summer   あたしが千紗だ、文句あるか5  作者: たてのつくし


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32/57

お母さんが倒れた! 1

 ロングスカートの裾を蹴散らすようにして家に飛んで帰ると、千紗は母の寝室に飛び込んだ。母は、ベッドの中でやつれた顔で寝ていた。

「お母さん」

 落ち着かねばと思のに、かすれた悲鳴のような声が出てしまった。

「お母さん、どうしたの? 吐いちゃったんだって。気持ち悪い?」

「千紗?」

 母が、うっすらと目を開けて千紗を見た。


「吐き気は収まったみたい。ただ、今はひどく頭が痛いの。きっと暑さにやられたのね。でも、休めば大丈夫だから」

 大丈夫という顔には見えなかった。母の顔色は青白く、ベッドに横たわる姿は、思った以上に厚みがなかった。お母さん痩せた・・・。千紗の胸に、大きな不安が襲いかかった。


「お姉ちゃん」

 そのとき、後ろから弟の声が聞こえた。不安で一杯のか細い声だ。それを聞いた途端、鞭をくれた馬のように、千紗の気持ちがしゃんとした。しっかりしなくちゃ。あたしがおろおろしてどうする。


 千紗は、大きく一つ深呼吸すると、ゆっくりと弟の方を向いた。

「とにかく熱を計るから、体温計持ってきて」

 それから母に近づくと、耳元でそっと訪ねた。

「お母さん、寒い? それとも暑い?」

「さっきまで寒かったけど、今は暑いわ」

 千紗は、ゆるめにクーラーをかけた。そこへ、伸行が体温計を持って戻ってきた。


「熱、計って」

 母に体温計を渡した。体温計が鳴るまでのじりじりした時間が過ぎた後、母が力なく差し出した体温計に、子供二人がかじりついた。

「三十九度!」

 どうしよう、どうしよう。千紗は取り乱しながら部屋を飛び出した。熱が高いのだから、まずは冷やさなくちゃ。

 氷枕はどこにしまってあったろう。それから、それから・・・。そうだ、何か薬を飲んだ方がいいのじゃないだろうか。でも、何を飲んだらいいのだろう。千紗は、リビングで八の字を描きながら、熊のようにうろうろ歩いた。


「ねえ、お姉ちゃん、どうしよう。おじいちゃんちに電話する?」

 弟がおろおろと言った。

「ああ、そうか、そうだね」

 千紗は電話に飛びついた。そして、受話器を取りながら、

「あんたは氷枕を探して」

 と、伸行に言った。震える指で、数字を押す。二度打ち間違えてから、やっと祖父母の家に電話がつながった。


「もしもし」

 おっとりとした声が響いた。

「あ、おばあちゃん」

 千紗は思わず、電話機を握りしめる。

「あら、千紗。こんな時間にどうしたの?」

「あのね、お母さんが、具合悪いって、吐いちゃったみたいなの。今は、頭が痛いって。熱も三十九度もあるの。ねぇ、どうしよう、救急車呼んだ方がいいの?」

「あら、まあ、それは大変。ちょっと待ってね」


 電話の向こうで、祖父に向かって話しかける祖母の声が聞こえた。

「ねえ、あなた、洋子ったら吐たんですって。熱も三十九度あるらしいの」

「洋子が? そりゃ大変だ。すぐに行くって、子供たちに言ってあげなさい」

 二人のやりとりを、藁にもすがる思いで、千紗は聞いている。


「千紗」

 再び、祖母の声。

「お母さん、今はどう。まだ吐いたりしている?」

「ううん。吐き気は収まったって言ってる。でも、頭痛いって。でも、よくわからない。あたし、今夜、夏祭りに行ってたから。家にいたの、伸行だけだったの。伸行があたしを呼びに来て、それで、家に帰ったら、お母さん・・・。ね、おばあちゃん、どうしよう」


「大丈夫よ。落ち着いて、千紗」

 祖母が明るく言った。

「いい、千紗、今から話すことを、良く聞いてね。まず、お番茶か、あればスポーツドリンク、なければお水で良いわ。とにかく飲み物を飲ませてほしいの。脱水になるといけないからね。次に、お母さんにいつも飲んでいる頭痛薬を飲んだか聞いてみて。もし飲んでいなかったら飲ませてあげて。それから、氷枕かアイスノンで頭を冷やしてあげて。わかった」

「うん、うん」

「おばあちゃんたち、そちらに行くわ。この電話を切ったら、すぐに家を出るわ。おじいちゃんと車でゆくから、そうね、四十分もあればそちらに着けると思う。それまで頑張れる」

「うん、頑張る」

 目に涙がしみてきたが、千紗は気丈に答えた。

「まずは水分、それから薬ね、そして氷枕、この三つよ、千紗」

「うん」

「じゃ、おばあちゃんたちすぐに行くから、心配しないのよ。お母さんは、大丈夫だから」

「うんうん」


 受話器を置きながら、目をごしごしと拭いた。泣いている暇などない。千紗は、グラスに、朝、母が沸かしていった麦茶を満たすと、再び寝室に行った。

「お母さん、ね、お母さん」

「ん?」

「お母さん、麦茶持ってきたから、飲んで。脱水になるといけないから。あと、何か薬飲んだ? 頭痛薬かなんか」

「頭痛薬を飲んだわ」

「あの、いつものやつ」

「そう。だからじきに効いてくると思うの。千紗、そんなに心配しなくても大丈夫よ」

「わかった。とにかく、水分。これ、麦茶飲んで」

「ね、千紗。水分なら、さっき薬飲むときに、多めに飲んだわ。だから、今は何もいらないわ」

「わかった。じゃ、麦茶はここにおいて行くね」


 サイドテーブルに麦茶のグラスを置くと、千紗は、母の夏がけを少し直してから、部屋を出た。さあ、次は氷枕だ。

「伸行、見つかった?氷枕」

 奥でがさがさやっていた伸行が、ゴム製の氷枕を手に現れた。

「あったよ」

「でかした。よし、これで氷枕が作れる」

 千紗は台所に飛び込み、冷凍庫を開けた。


「なんじゃ、こりゃあ」

 いつの間になくなったのか、冷凍庫には、ひとかけらの氷もなかった。

「どうするの、これ。これじゃ、氷枕、作れないよ」

 伸行が叫んだ。実は、伸行は、お腹を壊しやすいので、余り氷を使わない。なので、この家で一番氷を消費しているのは、千紗なのだ。


「買いに行ってくる」

 千紗は、玄関に向かって歩きながら言った。

「コンビニならあるはずだから。ついでに、スポーツドリンクとかも買ってくる」

「なら、一緒に行く」

「あんたは家で待ってて。おばあちゃんたちも来るし」

「でも・・・」

 伸行は不安そうだ。具合の悪い母のもとに、たった一人で残されるのが恐いのだろう。千紗は、伸行を励ますように、言葉をかけた。

「あたしはすぐに帰ってくるから。全力でダッシュする。だからその間だけ、お母さんをお願い。ね」

「・・・わかった」

 何とか頷いて見せた弟の顔を見届けると、千紗は、サンダルを突っかけて、家を飛び出した。


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