わーい、夏祭り 5
さて、その藤原であるが、今夜の藤原は、どうやら床屋に行ったばかりらしく、ライオンの鬣のような髪の毛は短く刈られ、いつもよりすっきりしていた。頭が小さくなった分、千紗が特に腹を立てた時に心の中で毒づく『三頭身ライオン狸』という感じではなく、藤原君もいつもこのくらいの髪の毛の長さにすれば、その残念な体型が多少はカバーできるのにと、大きなお世話なことを思った。
今日くらいなら、五頭身くらいですむじゃないの。千紗のそんな胸の内など知らない藤原は、久しぶりに会ったせいか、いつもより愛想が良かった。
「どうしたの。そんな長いスカートなんかはいちゃって。馬子にも衣装? あ、ゴリラにもスカートの間違いか」
「あのね、あたしこういう服も、けっこう着るんです。ゴリラじゃないから!」
そう言い捨てて、フランクフルトを買いに行く。
「なあ、おい、次、どこにする?」
フランクフルトを食べ終えても、急いで立ち去ることもなく、男の子たちは相談を始めた。
「そうだな、どうする?」
「女子たちは、どうするの、この後」
長岡博が、千紗に訪ねてきた。
「うーん、そうねぇ・・・」
千紗は、フランクフルトをもぐもぐやりながら考えた。フランクフルトにかけたケチャップと辛子が、美味しさを倍増させている。
「焼きトウモロコシを食べたいけど、荷物になるしなぁ。山ちゃん、次あたり、かき氷食べに行く?」
「うん。でも、他のでもいいよ。理沙ちゃんは、次に何が食べたい?」
「あたし、かき氷がいいな。塩からい物の後は甘いのってことで」
「じゃ、かき氷にしようか。よし。気合い入れて探すぞ」
「俺、さっき、すぐそこでかき氷の店をみたよ」
藤原が言った。
「道路渡ってすぐのところ」
「それって、どういう店だった?」
と千紗。
「どういうって、普通のかき氷の店だと思うけど」
「ああ、そういうことね」
と、千紗が訳知り顔に頷いて見せた。
「でもあたしたちが探し求めているのは、普通のかき氷屋じゃないのよね。悪いけど、こだわりがあんのよ。ね、山ちゃん」
「あたしたちが探しているのは、氷を削って作るかき氷なの。砕いて作る方じゃなくって」
山田奈緒が藤原に説明を始めた。
「削っている方だと、まるで雲でも食べているみたいに、口の中でふわっと溶けるの。それに比べると、砕いている方は、ただじゃりじゃりするばかりで、見た目も重たい感じ。でも最近のかき氷屋さんって、氷を削って売っているお店が少なくなっているのよね。ただ、夏祭りの屋台って、お店の数が多いから、きっと一軒くらいはそう言うお店があると思うんだ。去年もあったし」
奈緒の熱心さに押されたのか、皮肉屋の藤原が、一言の茶々を入れることもなく、目を白黒させながら話を聞いている。そこにフランクフルトを食べ終え、割り箸を振り回しながら、千紗が続けた。
「とにかく味が全然違うの。でも見つけるの大変だから、気合い入れて探さないと行けないわけ。あたしたち、妥協は出来ないからさ。ね、山ちゃん。理沙ちゃんも覚悟してよ」
「そんなこと聞いちゃうと、絶対、削った方を食べてみたいわ、あたし」
理沙が張り切って答えた。
「でしょう」
「なんだか、俺もそっちのかき氷が食いたくなってきた」
と言ったのは山崎だ。
「そうだよなぁ。ここまで話聞かされたら、食いたくなるよ」
「うん、食ってみたい」
そんなわけで、男子三人女子三人が、連れだってかき氷屋を探すことになった。
人混みの中ではぐれないように、時々振り返ってお互いを確認する。そうして、かき氷屋を探す合間に、夏休みどうしていた、とか、それぞれの部活の引退試合はいつ頃だ、とか、ぽつりぽつりと会話を交わす。
千紗は理沙を介して山崎と初めてしゃべったし、藤原がなにやら奈緒に話しかけている。横目でその様子を見ながら、(山ちゃんに、いつもの調子で毒を吐くなよ)と、千紗は内心冷や冷やした。さすがの藤原も、初対面の女の子にそうそう毒を吐くはずもなく、二人は案外和やかな雰囲気だ。
後ろから追いつくようにして、長岡博が千紗の横に来た。長岡は、少し言い淀んでから言った。
「そのスカート、随分長くて、きれいだね。そういうの着ると、感じが変わるね」
「どうせ、馬子にも衣装とかいうんでしょ。ゴリラにもスカートとかさ」
千紗が軽く流すと、
「いや、似合うよ」
と、案外真面目な顔で言うので、
「ありゃ、そうかね」
思わず照れて、おばあさんのような返事になってしまった。
「これ、お母さんが縫ってくれたの」
ついでに、何だか女の子らしい発言までしてしまう。
「へぇ、佐藤のお母さん、スカート縫えるんだ。すごいね。うちのお母さんなんて、全然やらないよ」
「そりゃ、男子の服なんて、作らないでしょ。うちも、弟の服は作らないもの」
「俺はそうだけどさ、姉貴や妹にも、作ろうとはしないから、縫えないんだよ、やっぱり」
「へえ、長岡君って、女兄弟に囲まれているんだ」
千紗が少し驚いて言うと、
「もう、毎日ぴーちくぱーちく、やかましいったらないよ」
と言いながら、大きなため息をつくものだから、千紗は思わず声を上げて笑ってしまった。
笑いながら、女兄弟に囲まれているから、普通の男子だったら照れくさくて言えないようなちょっとした褒め言葉も、サラッと言えるんだなと思った。そして、改めてやっぱり長岡博はいい友達だなと思った。こんな風にまともに会話が成立する男子って、やっぱり長岡君しかいないもの。
千紗は、親の離婚が決まった去年の夏休み明けに、クラスメート全員の前で『権藤』から『佐藤』に名字が変わりますと自分で宣言した癖に、それにいち早く対応して、千紗を佐藤と呼んだ長岡博になんとなく抵抗を感じ、ずっと距離を置いていた。
でも、今夜を境に、考えを改めることにした。やっぱり長岡博は、いい友達だ。でも、でも、もし今夜こうして一緒に歩いてくれるのが菊池だったらと、千紗はどうしても考えてしまう。菊池だったら、今夜の千紗を見てなんと言うだろう。頭の中では、様々なパターンを妄想した千紗ではあるが、本当のところが知りたかった。しかしながら、今夜は一度も菊池を見かけていない。彼は夏祭りに来ないのだろうか。




