もうすぐ夏休みだというのに その3
去年の後期、一緒に学級委員を務めた二人は、お互い数学が得意な事を知り、マウントを取り合っているうちに、競争をするようになった。始めは授業中に時々行われる小テストでの競争だった。
千紗と菊池は、勝ったり負けたり、あるいは二人とも満点だったりと、誠に丁度良い競争相手だった。二人はだんだん本気で競争し始め、中間試験や学期末試験も含めて、ありとあらゆるテストで競争するようになった。
千紗は、この刺激的な競争が楽しくて仕方がなかった。この競争だけは、どんなに頑張っても、数学が苦手な鮎川さやかに割り込む隙がなかった。二人の戦いは、やがてクラスのみんなも知るようになり、いつしか菊池は男子の期待、千紗は女子の期待を背負っての競争となった。
テスト用紙が配られている最中に、菊池が誰にも気付かれないように、千紗に視線を送ってくることがあった。一気に心臓が騒がしくなったが、何とかそれを押さえ込み、千紗も(負けないよ)という意味を込めて、小さく頷いてみせた。菊池はにやりと笑うと答案用紙に向かい合う。千紗も答案用紙に向かい合う。この瞬間が、千紗は大好きだった。
しかし、そんな競争も、クラスが違ってしまえばなくなってしまう。菊池が違うクラスになったと知ったとき、千紗は、大きな張りをなくしたと、肩を落とした。
それなのに、今、菊池はなんと言った? また、競争しようって?
「別に良いけど」
提案に飛びついている感じが出ないように注意しながら、千紗は返事をした。
「あたしはいつだって、受けて立つよ」
「お。言ったな」
菊池は、パッと笑った。それは、千紗の大好きな笑顔だった。
「でも、勝ったご褒美はどうするの? まさか、隣のクラスの掃除当番を代わるの?」
「確かに、それじゃあ、ゴリエがかわいそうすぎるな」
「ちょっと、自分が勝つ前提で物を言うな。最近は、あたしの方が、勝率が高いんだから」
「う~ん、どうしようか」
菊池は、千紗の言葉をわざと流して、考え込んでみせる。
「あ、そうだ。負けたら、お前、俺にアイスを奢れ」
「だから、なんで自分が勝つ前提なのよ」
「そうしよう。それがいいじゃん」
「あんたね」
千紗がさらに言い返そうとした時、「亮介」という声と共に、たたた、と、軽やかな足音がして、鮎川さやかが現れた。