わーい、夏祭り 3
その日以来、次の夏祭りには浴衣を着て行きたいと、千紗は、密かに願うようになった。しかし、毎日残業している母に、決して安くはない浴衣を買ってほしいとは、やはり言い出せなかった。かといって、会いたくもない元父親にねだる訳にもいかない。
いや、実を言えば、あまりに浴衣がほしかったため、主義を曲げてでも元父親と面会し、浴衣をねだろうかと考えた夜もあった。しかしすぐに、その余りにも卑劣な考えに我ながら嫌気がさし、許せなくなり、終いにはこんなことを考えさせる元父親を憎む始末だった。
そうこうしているうちに時は過ぎ、学年も変わり、新しい夏がやってきた。千紗が心の中でじたばたしようがしまいが、夏祭りはどんどん近づいてくる。もはや浴衣をどうこうとは思わなかったが、しかし夏祭りのことを考えると、ため息が出そうになる千紗だった。ところが、そんな千紗の心の中を見越したかのように、母が文字通り夜なべをして、千紗が夏祭りに着てゆけるようにと、新しく木綿の夏のスカートを縫ってくれたのだ。それが、このロングスカートというわけだ。
千紗は、鏡の前でくるりと一回まわって見た。薄くて柔らかい生地をぜいたくに使っているから、スカートは千紗の動きを追いかけるように、ふわりと柔らかくふくらむ。それが嬉しくて、何度も腰をゆすってみる。後ろに大きく結んだリボンが、またとてもロマンチックな感じだ。
「うふふふ、ふふん」
鏡の向こうの自分を眺めていたら、思わず鼻を鳴らしてしまった。
これなら大股で歩いても大丈夫だし、浴衣にだって負けてない。最後に、オレンジエッセンスの小瓶を手に取ると、千紗はそれを盛大に髪の毛に振りかけた。こうすると、動くたびにオレンジのさわやかな香りがする。千紗が考えついた、秘密の香水だ。よし、これで準備は万端だ。
「伸行、あたし先に出かけるけど、あんたも出かけるなら、鍵をかけるの忘れないでよ」
玄関でサンダルをはきながら、弟に声をかける。
「お姉ちゃん、晩御飯どうすんの? ていうか、今日の晩御飯ってどうなっているんだろ」
「あるでしょ、普通に。そんなこと、お母さんに聞いてよ。もうすぐ帰ってくるから。でも、もし出かけるのなら、鍵だけは本当に頼んだからね」
それだけ言うと、急いで家を出る。もう、約束の時間を少し過ぎているのだ。
待ち合わせの場所に行くと、髪の毛をショートに切った山田奈緒が、淡いブルーのワンピース姿で立っていた。それはなぜか、スズランの花を思わせた。やまちゃんって、どんどんきれいになるな。千紗はちょっと驚きながら、しかし誇らしい気持ちで、菜緒をながめた。
「山ちゃん、髪の毛切ったの? すごく似合う」
千紗が感動して言うと、
「そうかな。暑いし、ちょっと髪型変えたくなって切ったんだけど、大丈夫かな」
「大丈夫、大丈夫。そのワンピースにぴったり」
「ゴンちゃんも素敵なスカートだね。お母さんのお手製」
「そうなの。このくらい長いスカートって初めてなんだけど、どうかな」
千紗は、奈緒の前で、くるりと一回転して見せた。
「きれいきれい。いいなぁ。ゴンちゃんのお母さん、洋裁上手でうらやましい」
「へへへへ」
暮れてゆく街の中を、奈緒と一緒に、学校へ行くのとは逆方向に歩きだす。ああ、それはなんて浮き浮きする出来事だろう。祭囃子の音が大きくなるにつれて、道のあちこちから人が出てきて、にぎわいが増してゆく。みんな、目指すところは同じだ。浴衣を着た小さな女の子が、はしゃぎながら千紗たちを抜いてゆく。それを見て、千紗も走りだしたいような気持ちになった。




