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Twinkle Summer   あたしが千紗だ、文句あるか5  作者: たてのつくし


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わーい、夏祭り 2

 あの夏祭りの夜、千紗は、いつものように山田奈緒と露店の並ぶ通りをぶらぶらしていた。二人があちこちの店に寄りながら通りの奥までやってきたとき、神社の境内に続く階段の脇にある小さなたまり場に、中学生らしき集団が見えた。近寄ってみると、顔見知りばかりだ。どうやらこの通りをぶらぶらしているうちに、一人二人と集まり、いつの間にか結構な人数になってしまったらしい。


 みんな、焼きそばやフランクフルト、あるいは綿菓子やかき氷を手にしていた。奥をのぞくと、菊池の姿も見える。菊池の姿をとらえた瞬間、千紗の心臓は小さくぴょんと跳ねたが、そういうことではなく、そろそろかき氷なぞ食べながら一休みしたかったから、奈緒とともに、近くのかき氷屋でイチゴのかき氷を買い、自分たちもそこに混ざることにした。


 千紗は、みんなに会えたうれしさで、何だか胸がいっぱいになった。ほんの数週間前まで毎日学校で顔をつきあわせていた面々なのに、不思議に懐かしく感じた。そのせいか、普段なら鬱陶しいから相手にしない男子どもとも、会話が弾んだ。

 そんな気持ちが作用したこともあるのだろう。今、思い出しても、あの夜の千紗は絶好調だった。びっくりするくらい、何をしゃべってもみんなが笑ってくれたのだ。千紗は、大笑いするみんなを眺めながら、今夜のあたしは調子が良すぎると、ちょっと恐くなったくらいだ。


 みんなを爆笑の渦に巻き込みながら、しかし千紗は、階段の薄暗い隅っこに腰を掛けて、焼きそばを食べている菊池を、ずっと気にしていた。そして、菊池が千紗の馬鹿話に茶々を入れたり、時には大笑いしたりすると、何とも言えない幸福感で、胸がいっぱいになった。


 その夜の菊池は、もちろん制服などは着ておらず、白のポロシャツにブルージーンズと言う格好だった。ほかの男子も似たり寄ったりの服装であるにもかかわらず、千紗には、菊池だけが、なんだかまぶしいくらい、よく似合っているように見えた。その菊池が、千紗の話に大笑いをしている。それを見るたびに、千紗の心の中に鮮やかな花火が打ち上がった。


 千紗はもう、楽しくってたまらない。どんどんテンションは上がり、それにつれて自然と身振り手振りも大きくなっていく。そして、話の盛り上がりのところで、説明のために大振りで腕をぶん回したところ、たまたま近くに立っていた菅山信夫に思いっきり当たってしまったのだ。


 千紗にはそんなつもりはさらさらなかったが、結果として、小柄な菅山信夫を思いっきり吹っ飛ばしたことになってしまい、その夜一番の、尺玉花火のような大爆笑を引き起こすこととなった。

 みんなが大笑いする中、千紗は顔を赤くして謝りながら、無様と言っていいくらい派手に転んだ菅山を助け起こし、服に付いてしまったドロやホコリを払った。

 菅山は傷んだ腕を抑えながらも頷いて見せたが、明らかに気を悪くしている様子だった。無理もない。千紗のせいでけがをしたばかりか、みんなの前で恥までかかされたのだ。千紗はいたたまれない気持ちで、一生懸命ごめんごめんと手を合わせた。鮎川さやかが現れたのは、そんな時であった。


「おおーい、みんなー。こんなところに集まって、何してるの」

 小鳥のような声とともに、鮎川さやかが、神社の階段を下りてきたのだ。背後には、いつも一緒に行動する仲良しグループもいた。もちろん全員が浴衣姿だ。

 「久しぶり~」とか「その浴衣、かわいい!」とか、女の子たちがそつなく言葉を返す中、ちょっと前まで笑い転げていた男子どもが、急にしんとなった。菅山も、痛んだ腕をさする手も止まったまま、口を開けてさやかを見ている。千紗は、焼きそばを食べていた菊池の横顔が、まっすぐにさやかに向けられ、そこから動かなくなる様子を、為す術もなく見つめた。


 やわらかな灯りに照らされて、花火が散った紺色の浴衣姿で立つさやかは、学校で見る時より一層きれいに見えた。浴衣からすっと伸びた首は、なんて白くて細いんだろう。アーモンド形の目を取り囲むまつげの、なんて長いことだろう。浴衣に包まれた彼女の肩は華奢で、そして、浴衣の裾から見えている赤い鼻緒の下駄が、また可愛らしかった。


「ねぇ、これ見て。私、ヨーヨー釣りの天才かもしれないよ」

 一瞬にして男子の視線を独り占めに出来たことなど、まるで気づいていないかのようなそぶりで、さやかは、ちょっとおどけたように、両手に二つずつぶら下げたヨーヨーを掲げて見せた。


 言葉もなく固まる男子どもの中で、菊池だけが、空になった焼きそばの容器をゴミ箱に放り込むと、つかつかとさやかに歩み寄った。

「なにこれ? ヨーヨー、四個も釣ったの? うまいじゃん」

 と、彼女の手にぶら下がっているヨーヨーの一つを、つついて見せた。その一連の動作の間、菊池はさやかの瞳から、一度たりとも視線を外さなかった。

 しかし、さやかの方が耐えきれず、近づいてくる菊池から一瞬視線を落とした。その瞬間の、ほんのり頬を染めてはにかむ彼女の表情は、さやかをさらに可憐に見せ、千紗ですらはっとなるほどだった。


 千紗は初めて、自分も浴衣を着てくれば良かったのにと思った。心底思った。身を絞って叫びたいほどに思った。蚊に刺されるからとジーンズで来たあたしは、なんて馬鹿なんだろう。馬鹿な上に、女の子としては落第な気がした。



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