表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Twinkle Summer   あたしが千紗だ、文句あるか5  作者: たてのつくし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/57

夏休みは灰色 3

 夕食の時間。テーブルの上では、みずみずしいとうもろこしが積み重なって、白い湯気を上げている。千紗は、とうもろこしが大好きだ。縁日などに行くと、醤油の香ばしいにおいを盛大にまき散らしながら、焼きとうもろこしが売られているが、幼いころ、千紗は、何度それをねだったことだろう。


 しかし、千紗の家では、とうもろこしは蒸かして、塩をパラパラと振りかけて食べる。本当は縁日みたいな醤油で焼いたとうもろこしが食べたかったが、今から自分で焼くのは面倒だったし、母に頼むのも気がひけたから、黙ってそのアツアツのとうもろこしを一つ手に取った。


 とうもろこしは、最初の一、二列が勝負だ。ここを注意深くきれいに取ることができれば、後は親指の腹ではがすだけで、面白いほどに簡単にとうもろこしの粒が外れる。こうやって食べれば、食べ終わった後がきれいだし、第一、かぶりつくのと違って、歯の間にとうもろこしの皮がはさまることもないのだ。


 千紗は、物も言わずに集中してとうもろこしの粒を外していたが、ふと、テレビの音が声高なのに気がついて顔を上げた。

 見れば、伸行は不機嫌そうな顔で黙々と食べ物を口に運んでいるし、母も、疲れ切った表情でぼんやりとテレビに目をやっている。千紗は、この空気を少しでも変えなくてはと、口を開いた。


「今日はさぁ、あたし、ものすごく家の中、きれいにしたんだよ。掃除機かけただけじゃなくって、台所とか、あとここの床も、雑巾がけまでしたんだよ。あ、それからお風呂場もぴかぴかになってるから、後でお風呂入る時、見てよね」

 明るさ全開で発した言葉だったが、冷え切った空気にあっという間に飲み込まれ、誰の耳にも届かなかったようだ。不機嫌な伸行はともかくとしても、今日一日、浮かない顔でぼんやりしていた母が、千紗は気掛かりだ。


「ね、お母さん」

あえて念を押してみる。すると母がはっとしたように千紗の方を見た。

「ん? なんだったかしら」

「だからさ、あたし、今日は掃除頑張ったんだって。ここみんな雑巾がけまでしたし、お風呂場もみがいたの。だから、後で見てみて。シャワー浴びる時にでも。すごくぴかぴかになってんだからさ」

「へ、たまにやったからって、威張んなよな」

やっと口を開いたかと思ったら、本当に憎らしいことしか言わない弟だ。

「け、そっちこそ、模擬試験でしくじったか何だか知らないけど、家で苛々するのやめてよね」

「うるっせーな、ばばぁ」

「ばばぁってなんだよ、ばばぁって。誰に向かって言ってんだ」

「もう、いい加減にしてちょうだい。あなたたちの喧嘩には、お母さん、もうウンザリなのよ」

 母の言葉が、余りにも感情的で尖っていたので、二人ともハッとして黙り込んだ。食卓の空気が、ぴんと張り詰めた。


「毎日毎日、顔を合わせれば喧嘩ばかりして、もう少し仲良くすることはできないの」

「だって姉ちゃんが」

「だって伸行が」

「だから、そういうのをやめてって言ってるのよ。あなたたちの喧嘩には、もういい加減うんざりなの、わかった!」

「・・・・・・」


 姉弟は互いに相手を責める様に睨みあったが、それ以上は何もせず、食事の続きに戻ることにした。今度は千紗も、黙って黙々と口を動かす。

「そういえば千紗、あなた、夏休み始まって、どうなの」

尖った口調だ。どうやら今夜の母は、言葉のナイフを振り回したい気分らしい。千紗は、げんなりしながら母の方を見た。

「どうなのって・・・」

「だらだらしてばかりで、きちんと勉強しているのかって、聞いているの」

「し、してるよ、もちろん」

千紗がどぎまぎしながら答えると、

「うちの手伝いをしてくれるのはありがたいけど、勉強をさぼる言い訳にするつもりなら、お断りだから」

と、どこまでもとげとげしい。


「そんなことしないよ」

「じゃあ、もう少しきりっと生活しなさい。あなたがだらだらしていることくらい、お母さんはちゃんとわかっているんだからね。あなた、お母さんが出かける時間に起きてきたことないけど、毎日一体何時まで寝ているわけ。そんな調子だと、なにも勉強しないうちに、夏休みなんてあっという間に終わってしまうのよ」

「わかってるよ、そのくらい」

「わかってないから、言ってるんでしょ!」

「わかってるってば。明日からはお母さんが出かける前には起きるわよ。それでいいんでしょ!」

「そんな言い方ある? 自分のことでしょ」

「だから、わかってるって言ってんの。もう、いい」

 それ以上は耐えられなくなって、千紗は席を立つと、自分の部屋に逃げ込んだ。なんだよなんだよ、伸行ばかりかお母さんまで。千紗は、乱れた心のまま、最近すっかり万年床と化しているベッドに身を投げた。


 一方、ダイニングでは、母と伸行が、重たい空気もそのままに、食事を続けていた。千紗が残していった料理が、お皿の中で冷えてゆく。眉間にしわを寄せてじっと黙っていた母が、ため息をひとつついた。そして、先ほどから透明人間の様に、ひたすら存在を消していた伸行に気付くと、

「ね、のぶちゃんも、勉強に差し支えるくらいなら、お手伝いなんかやめてね」

と、厳しい口調で言った。

「だ、大丈夫だよ、僕は」

完全に八つ当たりだとは思ったが、伸行は賢くもそのことには触れずに、受け流した。


 そして、この重たい空気から逃れる様に、ご飯茶碗を手に持った。必死にご飯をかきこみながら、眩しすぎる食卓の灯りと、キンキン響くテレビの音に、頭がくらくらするように感じた。とにかく、今の自分にできることは、元気にご飯を食べることだと信じ、気まずさをこらえて、ひたすら食事を続けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ