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Twinkle Summer   あたしが千紗だ、文句あるか5  作者: たてのつくし


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夏休みは灰色 1

 まったく、受験生にとっての夏休みなんて、灰色だよな。

 ベッドの中で寝返りを打ちながら、千紗はつぶやいた。時間は午前十時をとっくに過ぎており、母も弟の伸行も外出した家の中は、しんと静まり返っている。なのに、千紗はいまだに、意地汚く布団の中にいた。


 大体、あれなんだよね、と、千紗は自分に言い訳を始めた。休みらしい楽しみは、ほとんどお預けなのに、どうして早起きなんかする必要があるのだろう。起きたって、やることといったら勉強だけだというのに。ああ、灰色だ。

 そうはいっても、ぴんぴんしている者が、いつまでも寝ているわけにもいかない。お腹もすいたし。千紗は、仕方なくもっさりと起き上がると、階下へ下りて行った。


 誰もいないダイニングは、とても明るく、そして整然と片付いていた。さすがの千紗も、なんだかその準備万端に整った感じが、自分を責めているように感じられて、すこしばかり肩をすくめて台所に入った。

 とりあえず、お湯を沸かそう。千紗は、やかんを火に掛けると、顔を洗い、着替えをして、再び台所に行く。食パンをトースターにいれ、卵を茹で、冷蔵庫からバターとジャム、さらにフルーツヨーグルトを見つけて、それも取り出した。


 用意したものを全て盆に載せてダイニングに行く。テレビをつけて、カップに紅茶を注いでいると、テーブルの端のメモに気が付いた。どこかに飛んでいかないように、ちゃんと幅広の付箋を使っている。

 ああ、お母さんが、何か買ってきて欲しいんだなと、手付箋を剥がして見てみると、そこには、

『今日の掃除、買い物は、千紗の当番です。ずるをしないように』

と言う文字。ご丁寧にも、ずるをしないように、のところに赤ペンでアンダーラインが引いてある。この几帳面な字面は弟の伸行だ。


 お前に言われなくとも、わかっとるわい。千紗は一気に不愉快になると、メモをくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱めがけて放り投げた。紙の玉は、ゴミ箱の縁にあたって跳ね返り、あさっての方向に転がっていった。それが千紗のさらなる苛立ちを煽る。ちっと舌打ちをして、紙の玉を拾うと、ゴミ箱に力いっぱい放り込んだ。


 トーストにバターとジャムを塗りつけながら、千紗は苛々と考えた。そもそも、弟と当番で買い物と掃除をやろうと提案したのは、このあたしなのだ。昨夜の息詰まるようなじゃんけんの後、負けてしまったのは誤算ではあったが、自分で言い出したことを忘れるわけがなかろう。大体、弟のくせに、なんであたしを呼び捨てにするんだ。お姉さまと呼べ、お姉さまと。


 最近の伸行は、本当に可愛げがなくなった。以前は、お姉ちゃんお姉ちゃんと鬱陶しいほど寄ってきた癖に、最近はこちらが有益な忠告を与えても「ふん」とばかにしたように鼻を鳴らすだけだ。いや、それだけではない。反論までしてくるのだ。まだ小学生のひよっ子の癖に。


 千紗は、湧き上がる怒りと共にトーストを大きくひと齧りした。力強く咀嚼しながら、香り高く入れた紅茶をすする。腹を立てていても、トーストは香ばしく焼けていて、美味しかった

 そもそも、夏休み初日の朝から、一体どこに行ったのだろうか。今度はゆで卵の殻をせっせとむきながら考えた。恐らく図書館だな。蒸し暑い自分の部屋で勉強するより、図書館の方が涼しいし、集中できると踏んだに違いない。ふん、結構なことだ。


 中学受験をしたいと言い出したのは、伸行だ。去年の、確か五年生になったばかりの頃だったが、晩御飯の最中に、急に思いつめたような顔で、中学は受験をして私立に行きたいと言い出したのだ。それも、元父親の出身校に、ぜひ自分も通いたいというのだ。

 千紗も母も驚いたが、本人はいたって真面目、というか超本気で、これは真剣に考えねばならないという事態になった。結局その後、母が、元父であるあの人と相談して、二人でなんとか本人の希望をかなえてあげようということに決まった、と言うわけだ。


 自分の息子が後輩になりたがっているなんて話、あの人はきっと大喜びをしたことだろうと思うと、忌々しいことこの上なかったが、とにかく無事に私立受験を認められて以来、伸行は、かなり一生懸命勉強をするようになった。友達と遊ぶこともせず、きっちり塾に通い、その塾の予習復習も時間をかけてやっていた。

 それだけやっているから当然結果も付いてきていて、最近はすっかり、ご立派な成績におなり遊ばした。それはたいそうケッコウなことだが、同じ受験生として、さらには姉として、弟がそんなだと立つ瀬がないではないか。


 千紗は、一人であれこれ思いながら、フルーツヨーグルトの蓋を開けた。

 最近、少し気になることがあった。母の残業がとても増えたことだ。以前は遅くとも七時前には家に戻っていたのに、最近はそんな日はまれだ。そして、いつも母は疲れた顔をしている。今年は姉弟そろって受験だから、金銭的な事を考えて、残業を増やしているのだろう。

 だからこそ、なるべく母を手伝おうと、特に夏休みは、買い物と掃除くらいは、弟と交代でやろうと決めたのだ。そこのところは本気だ。決していい加減な気持ちはない。しかし、だ。このようにして、目下の弟から、いわんや命令口調のメモなぞ残されて、千紗の前向きなやる気は、ほとんどゼロになってしまった。


 千紗は膝に落ちたパンくずを無頓着にパタパタと払った。テーブルにこぼれた塩やパンくずをささっと手で払う。それから食器をすべて流しに持って行って洗いあげると、ダイニングに戻り、目を細めてあたりを見回した。うん、大丈夫、きれい。今日の掃除はしなくてよし! 勝手に決定すると、スキップしながら部屋に戻り、二度寝を決め込んだ。



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