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Twinkle Summer   あたしが千紗だ、文句あるか5  作者: たてのつくし


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20/57

一学期終了 5

「でもさ、ゴンちゃんもゴンちゃんだよ」

そんなことにはまるで頓着していない真由子は、まっすぐに千紗を見た。

「へ? あたし?」

胸をさすりながら、千紗がやっとの思いで返事をした。

「そうだよ。どうして最初に、きっぱりと、無理だってあの二人に言ってやらなかったの」

「だって、日にちを十円玉投げて決めたのは本当だし、十七日は都合がいいけど二十四日は都合が悪いっていう人が結構いたのも、本当だし」


「だから、十円玉投げて決めたんでしょ。公平にってことで。だめだめ。ああいう我がままをいちいち聞いていたら、話なんていつまでたってもまとまらないんだから。そんなこと、よくわかってるはずじゃないの。いつものゴンちゃんらしくないよ」

「だって、あたし、だめなんだぁ」

千紗は、すっかり弱気になって言った。

「あの日以来、鮎ちゃんともめるの、本当に恐くなっちゃってさ」


 今でこそ少し沈静化してはいるが、千紗は、あの後しばらく、鮎川さやかグループから背筋が凍るような扱いを受けたのだ。まぁ、グループのカリスマを泣かせたのだから、当然と言えば、当然なのかもしれないけれど。


 もともと、お互いに好感を抱き合う仲ではなかったが、何となく距離を置くことで、見せかけとは言え平和に過ごしていた。

 それがあの一件で、千紗が鮎川さやかに対して、決してよい感情を持っているわけではないことが露呈してしまったわけで、つまりはぎりぎり保たれていた均衡を、千紗自身が破ってしまったことになったわけだ。覚悟はしていたとはいえ、あの針の筵に座らされているような日々は、今思い返してもなかなか、いや、ものすごく恐ろしかった。


 特定の誰かと仲が悪いことがはっきりするのは憂鬱なことだが、でも、それ以上に千紗の心を重くしているのは、さやかを相手にした時に自分の中に起こる、形容しがたい、どろどろとした負の感情だった。

 もともと、さやかは苦手なタイプではあった。しかし、うまく棲み分けはできていたから、そのままいけば、クラスメートとして淡々とつきあえたはずなのだ。なのに、千紗の方が、屈託を抱え込んだ。原因は菊池だ。千紗が菊池に特別な思いを感じるようになって、千紗の中の何かが変わってしまったのだ。


 さやかに対する自分の感情の陰湿などろどろぶりと言ったら、とても口に出して人に話す気にはなれない。これが嫉妬というものだとわかっているから、余計に嫌だ。それゆえ今の千紗は、さやかを前にすると、必要以上に萎縮し、弱気になってしまうのだった。


「実はさ、十七日都合悪いなんて、あれまるっきりの嘘なんだよね」

千紗がため息混じりに言うと、真由子が頓狂な声を上げた。

「あれ、まあ。そうだったんだ」

「本当は、ガラ空きだもん」

真由子が膝を叩いて笑いだした。

「そうか、十七日はガラ空きだったか。ははは。ゴンちゃんも戦っていたんだ」

「ケチなウソをついて、戦っているもないよ。それ以外に阻止する方法が思いつかなかっただけだし。まさか、菊池が『それなら、二人でじゃんけんして決めよう』なんて言いだすとは、思わなかったんだよね」

千紗は、暗い気持ちで思った。そんなにさやかがいい? そんなにさやかが大事? 


「菊池くんて、ちょっとチャラいよね」

奈緒が、千紗の気持ちを変えるように、明るく言った。

「そりゃそうだよ。あいつ、ただのチャラ男だもん」

野村真由子がアイスコーヒーを、ストローで音を立てて飲みながら言った。

「ねえ、やっぱりあの二人って、付き合ってると思う?」

「どうかなぁ、それはないと思うけど」

と奈緒。

「でもさ、前に噂になったことあったよ。ねえ、ゴンちゃん。去年、あの二人、付き合ってるんじゃないかって、噂があったよね」

「ああ、うん。そそ、そうだったよね。でも、本人に聞いたら、一度一緒に帰ったことあるけど、別に付き合ってないって言ってたかな」

「何それ。すでにウソじゃん。だってあの二人が一緒に帰ったのって、一度じゃないよ。やっぱ、あの二人、付き合ってるんだよ」

「そそそ、そお。まあ、あたしはよく知らないけど」

千紗は、金魚のように口をぱくぱくさせながら言った。


「そうだって、きっと。でもさ、だとしたら、菊池って趣味悪すぎ」

真由子は、そう言ってちょっと肩をすくめると、ストローで氷をかき混ぜながら千紗に尋ねた。

「ところで、前から聞きたかったんだけど、ゴンちゃんて長岡と付き合ってるの?」

「付き合ってないよ。付き合ってる訳がないじゃん」

千紗が即答した。

「でも、ゴンちゃんと長岡も、ずっと噂になってたじゃない。実際、仲いいし。あたしとはあまりしゃべらないけど、ゴンちゃんとは良くしゃべるもん、長岡」

「そんなことないって。今なんて、もうクラス違うから全然しゃべらないし。ね。だから、噂って、案外当てにならないんだって」


 その時、千紗の胸に、菊池と過ごした一年前のあの夏の日がよぎった。

 ぎらぎらと照りつける太陽。駅前のコンビニエンスストアわきに伸びる階段。桜の木が作る木陰。千紗にアイスキャンディを買ってくれた菊池。階段に並んで腰をかけ、アイスを食べながら、静かに千紗の話を聞いてくれた菊池。


 あの日の菊池のまなざし、声、笑顔は、今も千紗の胸の中で、黄金の輝きを放っている。千紗の胸の中にいる菊池は、今日の菊池とは似ても似つかない菊池だ。それとも、あたしは理想の菊池を作り上げて、幻を追いかけているだけなのだろうか。今日みたいなことがあると、本当に自信がなくなってしまう。


「でも、長岡ってゴンちゃんのこと、好きだと思うなぁ、あたしは」

千紗の物思いを破るかのように、真由子が言った。

「うん、あたしもそう思う」

これに奈緒が同調した。

「それはないって」

 やんわりと否定しながら、千紗はなんとなく、二人が、最近しょげ気味の千紗を元気づけようとして、そんなことを言ってくれているのではないかと思った。

 山ちゃんにはばれているとしても、真由ちゃんにまでばれているのだろうか、あたしが菊池を好きだってこと。そして、菊池はあたしのことなんか、まるで石ころくらいしか思ってないってことも。


 千紗は、どんどん落ち込んで行く自分の心に喝を入れるかのように、威勢よく立ちあがった。

「足りない。あたし、もっと食べることにした。追加でなんか買ってくる」

「あ、ならあたしも」

真由子が立ち上がった。

「あたしも今日はもっと食べちゃう」

山田奈緒も立ち上がった。三人はそろって、元気よくカウンターへと歩いて行った。



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