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Twinkle Summer   あたしが千紗だ、文句あるか5  作者: たてのつくし


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一学期終了 3

「じゃあ、ゴンちゃん、あたし行くね。良い夏休みをね。

 ハッとして千紗が振り返ると、理沙が、頬にふんわりとえくぼをみせて(このえくぼは、理沙の笑顔をいっそう柔らかく優しいものに見せ、いつも千紗をうらやましがらせた)、手を振っている。

 理沙のまっすぐなやさしい笑顔を目にした途端、不思議なことに、千紗の心は落ち着きを取り戻した。そうだ。土管だか雌ゴリラだか知らないけれど、でもそんな自分には、理沙という友達がいる。それって、結構すごいことじゃないのか。


「うん、理沙ちゃんもね。また、電話するね」

 千紗はそんな思いで胸をいっぱいにしながら、中西理沙を笑顔で見送った。そしてすっきりとした気持ちで二人に向き直った。女の子としての可愛らしさだけが、人間の価値じゃないぞ、と心に強く思いながら。


「それで、用事って何?」

「あ、ほら、八月二十四日にやる花火大会のことなんだけど」

「ああ、花火大会ね。なんだろう。菊池じゃ役に立たなかった?」

 菊池に対して、ついトゲのある一言が出てしまう。

「あ、違うの。亮介が役に立たなかったって事じゃないの。実は私、二十四日って都合が悪くて花火大会に行けないのね。だから、ほかの日に変えること出来ないかなあと思って。どうかな、さっちゃん」


 ほうら、おいでなすった。千紗は心の中で毒づいた。自分がこの世の中心だと思っているんだよな、この人は。その上、いつもあたしの大嫌いな「さっちゃん」という呼び方をするし。冷静になれよと言い聞かせても、みぞおち辺りから苛立ちが上ってくる。


 親の離婚を機に、去年、千紗は名字を父方の権藤から母方の佐藤に変えた。もちろん納得した上でのことだ。しかし、名字は佐藤に変わったかもしれないけれど、自分は「ゴンちゃん」で、それを変えるつもりは一ミクロンもなかった。

 だってそれがあたしで、それ以外は自分って言う気がしないもの。どうやら周りも同じように思うらしく、みんな今でも千紗のことを「ゴンちゃん」とか「ゴンの助」とか呼ぶ。それをどういうわけか、この人だけは「さっちゃん」と呼んでくる。いや、こっちの方が正しいと言えばそうなのだけれど。でも、千紗としては、せめて佐藤とか佐藤さんと呼んでくれないかな、と思ってしまう。


「うーん、そうね。それはやっぱり、難しいかなあ。だってほら、みんなの予定も確認してこの日に決めたし、それにもう、みんなに連絡しちゃったし」

 口調がそっけなくなりすぎないように、気をつけながら声を出す。

「でも、亮介が言ってたけど」

 さやかは確かめるように菊池を見ながら、言葉を続けた。

「花火大会の日にちって、二十四日か十七日のどちらかだったのでしょ。十七日も都合のよい人が多かったから迷ったって」

「あん時、結局、十円玉投げて決めただろ。だから、十七日に変えてもいいんじゃねえ」


 にやつきながら放たれた菊池の言葉に、千紗のみぞおちにぐっと力が入った。ここは、さやかをなだめるべきであって、援護射撃をするばかが、どこにいるのか。それでも幹事と言えるのか。

 堪忍袋が破裂しかかったが、それを何とか押さえ込む。感情的になったら負けだ。千紗はゆっくりと目を閉じると、静かに一つ、鼻から息を吐いた。

「うーん、でももうみんなに二十四日だって連絡しちゃっているし、それで予定を組んだ人もいるだろうから、ここで急に日にちを替えるのは、ちょっとどうかなあ。第一、私がもう、予定を入れちゃって、十七日はだめなのよね」


 さあ、これでどうだ。千紗としては、だめ押しをしたつもりだ。ところが、それを聞いて、菊池はこう言ったのだ。

「じゃあ、こうしたら。さやかとゴリエでじゃんけんして勝った方の予定にするっての」

「はい?」

 驚いた。菊池がそんなこというなんて、信じられなかった。そんなにさやかに来てほしい? そんなにさやかが大事? 怒りよりも、悲しみの方が大きかった。

「じゃんけんって、今ここでじゃんけんして、日にちを決め直せっていうの?」

「おう!」

「どうかしら、さっちゃん」

「そんな・・・」

 千紗が、思わず言葉に詰まったその時だった。

「あ、いた。おーい、ゴンの助、ちょっと、探したわよ」

 廊下に野村真由子の威勢の良い声が響いた。


「ねえ、あのさあ、一緒に帰ってもいいっていうか、ドーナッツ屋にいく時さあ・・・、あれ? なに、どうしたの? 三人で、何、話してるの」

真由子は、大股で三人の輪の中にずかずか入ってきた。


「ハイ、鮎ちゃん、ひさしぶりだね」

真由子が千紗の肩に腕を回しながら手を振ると、鮎川さやかがちょっとこわばりながらも笑って手を振り返した。まずい相手の登場に、菊池はすでに固まっている。

「で、三人で何の相談よ」

「鮎川がさ、二十四日、都合悪いんだって。それで、花火大会の日にちを十七日に変えられないかな~ってさ」

と、菊池。

「変えるのは、可能かしらって聞いていたの」

さやかが慌てて訂正を入れた。


「だってもう二十四日って決めて、みんなにも連絡しちゃったんだよ。無理に決まってるじゃん。ねえ、そうでしょ、菊池さ」

真由子が菊池を鋭く見ながら言った。

「でもさ、あん時、どっちでもいいからコイン投げて決めようって、十円玉投げて決めたわけだから、変更もありじゃねえ?」

菊池はやけくそになって言った。

「そう、それにね」

こうなったら、さやかも必死だ。

「菊池君から聞いたんだけど、本当は十七日になったかもしれなかったんでしょ。その日でないと無理って人も結構いたって聞いたけど」


「うん、ま、それはそうだけどね」

「だろ。だからさ、ここで鮎川とゴリエがじゃんけんして決め直してもいいんじゃねえ」

「は? どうしてゴンちゃんとじゃんけんなの」

「いや、その、ゴリエは反対みたいだったし」

「だだだだって、十七日だとあたしの都合がつかないもんだから」

千紗も、なぜか口ごもりながら言った。

「花火大会が二十四日って決まったから、十七日に入れちゃったのよ、予定を」

「なんだ。じゃあ、決まりじゃん」

真由子があっさり言った。

「幹事の都合が悪い日にわざわざ動かしてどうするの。それに、今、じゃんけんで決め直すってなんだよ、菊池。え?」

真由子にきりっと睨まれ、菊池はぐうの音も出ない。

「鮎ちゃんには悪いけど、これはやっぱり動かせないよ。まあ、さ、どんな予定があるのか分からないけど、八月二十四日まではまだ時間もあるし、鮎ちゃんの予定が変わって、花火大会に来られるといいよね」

そう言って、真由子はさやかににっこり笑って見せた。


 急におとなしくなった菊池とさやかを前にして、千紗は、ただただ感心していた。

 たった一分。話を付けるのに、たった一分しかかからなかった。真由ちゃんはすごい。真由ちゃんはやっぱり頼りになる。それにくらべて、あたしはなんだ。こんなあきれた要求に、まともに言い返すこともできず、おたおたして。


 すっかり意気消沈した二人を見て気分が良かったが、しかし心からスカッとした気持ち、とはいかない千紗だ。何より、さやかが花火大会に来られるように、自分とじゃんけんまでさせようとした菊池に、ショックを受けていた。菊池は、あたしよりさやかに花火大会に来てほしいのだ。そう思うと、膝からがっくりと座り込みそうだった。

 自分の体から、元気の元がさらさらと音を立てて漏れて行くのをどうすることもできず、曖昧な表情でぼんやり突っ立っているばかりの千紗だ。



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