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Twinkle Summer   あたしが千紗だ、文句あるか5  作者: たてのつくし


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一学期終了 2

 もとは、こんな話だ。


 体育の授業に、二人ひと組になって行う柔軟体操がある。背中合わせに腕を組み、どちらか一方が残りの一方を背中に乗せて身をかがめ、のせられた方の上半身を伸ばすあれである。

 この柔軟体操で、昨年、転校してきたばかりの中西理沙は、いささか問題を抱えていた。つまりは、その体の大きさ、というよりは重さゆえ、彼女のパートナーが務まる相手が一人もいなかったのだ。この話は、体育の授業で中西理沙を持ち上げられなかった女子の数が増えてゆくにつれ、口さがない者たちによって、どんどん話に尾ひれがつきながら広まっていった。


 やれ、彼女とペアを組んだ誰それさんの背骨にひびが入ったとか、はたまた腰骨が圧迫骨折したとか。ついには、逃げ惑う女子たちを、理沙が次から次へとぺしゃんこに押しつぶしていったなんていうばかげた話にまで、成長を遂げる有様だった。もちろん、そんなばかげた話をまともに聞く者など誰もいなかったが、大柄な彼女を背中に乗せて持ち上げられた女子が、そのクラスにいなかったのは事実だ。


 威風堂々、迫力すら感じさせる体躯とは異なり、穏やかで遠慮深く気持ちの優しい理沙は、その現実を静かに受け止め、自分は相手を乗せても相手には乗らないことでやり過ごすことを選んだ。ここまでは、少し悲しいが平和な話だ。しかし、それを見かねた男性体育教師が、どんな教育理念に基づいたのか知らないが、理沙の柔軟体操の相手を自分が務めることにしてしまったのだ。


 自分だけ、それも誰も持ち上げられなかったからという理由で、柔軟体操の相手が男性体育教師であるという事実は、デリケートな年頃の女の子の心を、どれほど傷つけただろう。そこに考えが及ばないその男性教師の神経細胞が何でできているのか、千紗には想像もつかないのであるが、ともかく、遠慮深い性格である理沙は、拒否することもできずに、その辛い現実も受け入れた。


 しかし、やはり人は自分の心にうそはつけないものだ。男性教師と柔軟をする理沙は、傍で見ていても辛くなってしまうような顔をしていたということだ。

 ところが、である。三年生になって、彼女の相手が務まるパートナーが見つかったのだ。それが、千紗だったというわけだ。


 あの日、三年生になって初めての体育で、試しに理沙と組んで例の柔軟体操をやった時のことを、今でも千紗は、深い喜びとともによく覚えている。

 それはさすがの千紗だって、初めて理沙を持ち上げた時は、ぽっちゃり型とは異なる見かけ以上の重さに驚き、正直に言えば、あと少しでへなへなと潰れそうになったのだが、ここで負けたら怪力女の名がすたると、歯を食いしばって、それこそ火事場の馬鹿力を出したところ、なんと彼女を持ち上げることができたのだ。


 あの、周りのみんなが口をあけて見守る中、無事に柔軟をやり終えた時の誇らしさといったら、いやあもう、今でも思い出すだけで、顔がにやけてしまう千紗なのだ。


 以来、二人は不動の名コンビとなったわけだが、体育の時間に地響きをたてて行う二人の柔軟体操は、その迫力と力強さにおいて、やはり中三の女子としては異彩を放っていたらしく、特に馬鹿力を出す千紗の形相には、周りのものを黙らせる何かがあったようで、すぐに運動場の向こうで体育をやっているクラスの男子に、話が伝わった。ガキでアホな男子どもは、すぐさまその話を新しい伝説として面白おかしく発展させ、ほどなくして千紗と理沙は、『復活、馬場猪木』だの『怪力二人組』だのと言われるようになった。


 初めて会ったときから、柔らかな雰囲気の理沙のことが何となく好きだった千紗は、男子どもになんと言われようと気にもしなかったし、むしろ彼女のパートナーを務められている自分が、誇らしいくらいだった。

 にもかかわらず、菊池に、それもさやかの前で猪木呼ばわりされてしまうと(千紗は勝手に、馬場は里沙で自分は猪木だと決めていた)、何だか知らないが、戦意も喪失して、気持ちが俯いてしまうのを、どうすることも出来なかった。

 そんなわけだから、なんのひねりもなくたって、たとえうなり声にしか聞こえなかったとしても、言い返せるだけ頑張った方だ。


「おお恐。やっぱ雌ゴリラはすげ~や」

 こちらの思いも知らず、手を打って大喜びする菊池を、千紗は、しょんぼりと眺めた。どうしていつもこうなっちゃうかなあ。千紗は、菊池にではなく、自分に対してそう思った。一緒に学級委員をやっていた時は、もっと違う感じで話ができていたのに。


 あの頃、クラスの席替えから学校祭の準備まで、学級委員としてこなさなければならない仕事がいろいろあって、二人はよく一緒にいた。あれこれ話し合いをする中で、時々口げんかになることもあったが、案外、息のあった良いコンビだった。

 あの頃の千紗は、菊池が自分のことをどう思うかなんて気にもせずに、のびのびと振る舞っていた。今思えば、よくあんな女離れしたギャグを菊池にかませたものだと思うけれど、あの頃の千紗は平気だった。菊池が心から笑ってくれれば、それで良かったのだ。


 今も菊池は千紗のことを笑うけれど、あの頃と違って、今の千紗は、ただ笑われているだけだ。何の芸もない。

 あの頃の、小さいことは気にしない、楽天家で面白くてさっぱりしたあたしは、どこへ行ってしまったのだろう。菊池の前で、こんな自分しか見せられなくなってしまったことが、今の千紗は悲しくてならない。



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