面会は面倒 その6
帰り道。千紗と伸行は、黙ってバスに揺られていた。帰りも、行きと同様、気分は上々とは言えなかった。一日、雨も上がらなかったし。なんだか今日は、いい事なしだ。千紗は、さんざん大好物を平らげてきたくせに、眉間にしわを寄せてそう思った。
「どうだい、千紗。楽しかったかい? 次も来てくれるかな」
帰りがけ、二人を最寄りのバス停まで送った父に、遠慮がちに尋ねられ、千紗は、きっぱり否定することもためらわれて、何となく肩をすくめて見せた。そのままバスに乗り込みながら、今の振る舞いは正しくなかったのではないか、きっぱり否定しておくべきだったのではないかと、気持ちが揺れた。
金輪際まっぴらだという思いはある。そうそう、大人の思い通りになってたまるかという思いも。しかし、それとは別に、父に会いたいという気持ちがゼロではない自分に、驚いていた。許せないのに、拒絶しきれない感じ。ややこしくて、自分でも、自分にうまく説明できない気持ちだ。
千紗は、自分は一刻も早く父の痕跡を消し去ろうともがいている癖に、父がだんだんと自分のことを忘れてゆくとしたら、それはたまらなく嫌なのだ。でも、現実はそうなのかもしれない。だってもう、千紗の年齢もおぼつかないのだ。だとしたら、やはりやりきれない。でも、でも。
ふと、千紗は、自分の横でむっつりと吊革につかまる弟に目をやった。今日一日、ずっと気を遣いっぱなしだった伸行は、何だか疲れた顔に見えた。あたしのせいかもしれないと、千紗はしょんぼり思った。父と二人だけの時はどうなのか知らないけれど、少なくとも、仏頂面な上に、何かにつけ空気をとんがらせた千紗がいなければ、伸行だって、もっとのんびりと父との時間を楽しめたはずだ。なのに、面倒くさいことになるとわかっていて、それでも千紗を引っ張り出したかった理由はなんだろう。
千紗は、びしょびしょと雨に濡れながら暮れてゆく街を眺めながら、もしかしたら伸行は、ただ、みんなで一緒にいたかっただけかもしれないと思った。あの頃みたいに、家族全員が勢ぞろいするのは無理だとしても、なるべくそれに近い形に、なりたかったのかもしれない。そうやって、ちょっと憩いたかったのかも。それを誰が責められるというのだろう。
今日一日、姉と父親の間に立って、多少、調子っぱずれになりながらも、いろいろと気を遣っていた弟を、改めて思い返した。その途端、千紗は急に、涙が出そうになった。もっと、機嫌よくふるまえばよかった。たとえ上辺だけだったとしても、もう少し笑顔を見せられればよかった。やろうと思えば、できないことはなかったのだ。それなのに、子供みたいにすねて突っ張って、一日を台無しにしてしまった気がする。
幾駅か過ぎて空席が増え、目の前の席があくと、疲れて見える弟を、無理矢理に座らせた。そして、つり革に捕まりながら、千紗は思った。
あたしは、もっと大人にならなくてはいけない。そのためには、もっと強くならなくてはだめだ。そうだ。あたしは、もっともっと強くなろう。




