面会は面倒 その1
その週の土曜日の夜。
「ね、明日の日曜日、お父さんと会う日だって覚えてる?」
たらふく晩御飯を食べ、テレビの前でだら~っと寝そべるという、至福の時間をやぶるように、母が言った。
「ああ? う~ん、ま、覚えてるけど・・・」
千紗はしぶしぶ返事をした。手前で寝転ぶ弟の背中が、心なしか強張ったような気がした。
「今回は千紗も来るのかって、今日、お父さんから確認の電話が来たから、もちろんって答えておいたけど、それでよかったのよね」
お父さんから電話、という言葉を耳にして、千紗はドキッとした。あの人、余計なことをお母さんに言ったりしてないよね。
「はあ・・・、まあね」
ため息まじりに答えながら、どうしてこういう嫌な話を、一番くつろいでいる時にするかなあと、千紗は少し苛々しながら思った。この間の姉弟喧嘩だって、そのせいで必要以上にヒートアップしてしまった気がするのに。いや、どんな時間であっても、元父親にかかわる話となると、千紗も弟の伸行もぴりぴりしてしまうのかもしれないが。
二週間ほど前のこと、千紗が元父親との面会に参加するかしないかで、弟とものすごい喧嘩になった。あの喧嘩のせいで、あたしのこのつややかな髪の毛が、何本失われたことか。か弱い手足もあざだらけになったし。もっとも、弟の伸行は、毛を失い、あざだらけになった上に、顔に化膿しかかったほどのひっかき傷を作ったのだけれど。
しかしながら、結局はあの後、千紗が譲る形で、一緒に面会に行くことに決まり、それはなんだか、あの晩、勝ったはずの喧嘩に、最終的には負けた感じがして、千紗の心にしこりを残してもいる。
「朝になって、行かないとか言うなよな」
また伸行が、千紗の苛立ちを煽るようなことを言う。
「言わないよ、お前じゃないんだから」
千紗も、負けずにきな臭い事を言いかえす。次の瞬間、二人は同時に身を起した。
「なんだよ」
「なんだよって、なんだよ」
体を硬くして睨みあう二人に、慌てて母親が割って入る。
「もう、二人ともやめてちょうだい」
二人は、相手より自分の怒りが強い事を強調するように、しばらく睨みあってから目をそらし、それぞれごろ寝を決め込んだ。
面会かぁ。嫌だなぁ。
千紗は憂鬱になりながら思った。まともに会わなくなって、かれこれ二年以上になる。今さら、あの人と話すことなんかないし、聞きたいことなんかさらにないし、第一どんな顔をすればいいのかわからない。
あの時、勢いで承諾してしまったけど、こんなことになるなら、断じて拒否すればよかったなぁ。でも、さすがに今さら行かないとも言えないし。あーあ、明日、巨大台風でも来て、電車が全部止まらないかな。そうすれば、出かけなくても済むのに。
千紗は誰にも気づかれないように、小さく一つ、ため息をついた。とにかく、義理は明日で晴らして、面会はこれっきりにしてもらえばいい。そう自分をなだめながらも、心の奥底では、面会という問題がそんなに簡単に片付くとも思えず、どうしようもなく憂鬱な気持ちになってしまうのだった。




