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もうすぐ夏休みだというのに その1

 ああ、眠い。午後の授業って、どうしてこんなに眠いだろう。

 中学三年生の千紗は、ため息をつく代わりに、先ほどからずっと力を入れていた上あごにさらに力を入れて、奥歯を食いしばった。うっかりため息でもつこうものなら、あごが外れるほどの巨大なあくびがでそうなのだ。


 先週、期末テストが終了した。あとは夏休みを待つばかりの、のんびりした月曜日だ。今日は午前中にプールがあったし、お昼にお弁当をたっぷりと詰め込んだ今、眠くならない方が不思議なくらいだ。それも、静かな語りで名をはせているハンガーの授業なのだから。


 ハンガーとは、二年連続で千紗の担任になった社会科の教師のことだ。もちろん正式には山本という日本名があるのだが、その衣紋掛けを思わせる貧相な肩の形状から、生徒たちの間ではハンガーとかハンガーマンなどと呼ばれている。芯の通った良い先生だと思うのだけれど、静かな声で柔らかに語られるハンガーの授業は、千紗にとっては眠気を誘うだけなのだ。


 しかし、どういう食生活をすれば、あんなに痩せ枯れていられるのだろう。自分の食欲に負けて、ちっとも痩せられない千紗からしたら、山本は、許せないくらい貧相な体格をしている。

 きっと家ではろくなものを食べていないに違いない。そう言えば、いつだったか、あまり胃腸が丈夫ではないから、焼き肉屋にいっても、カルビなど食べないと言っていたっけ。クラスの吉岡徹が、

「カルビ食べずに、焼き肉屋で食べるものとか、あるんですか?」

と聞いたら、もやしのナムルが大好きなんだ、と言ってたな。そんなものしか食べないから、あんなに痩せていられるんだろう。全く忌々しい。


 千紗は腹いせに、鶏ガラみたいな細い足であぐらをかき、もやしをかきこむハンガーを想像して、思わずニヤリとした。いや、ニヤリとしようとした途端、あごの力が抜けてしまい、自分の意思に反して顎の骨がばらばらになりそうな大あくびが出てしまった。


「佐藤」

「ふぁい」

「せめて、手で口を覆うくらいのことはしなさい」

「ふぁい、ふみまふぇん」

慌てて口を閉じながら千紗が返事をすると、どっと笑い声が上がった。どうも千紗は、こんな風に笑われてばかりいる。


「それでは、先週のテストを返します」

笑いの残った陽気な空気をぶち壊すようにハンガーが言うと、今度は教室いっぱいにため息にも似た悲鳴が上がった。

「はい、静かに。青木」

 青木順平がうんざりしたような顔で立ち上がり、教壇に歩いて行く。続いて伊藤、稲垣、と名簿順に次々と名前が呼ばれ、答案用紙が返されてゆくのを見ながら、千紗はどうしようもなく、気持ちが落ち着かなくなってきた。

 今回の社会科のテストは、いつも以上に自信がなかった。はぁぁ、ろくでもない。千紗は思わず頭を抱えた。



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