第8物語り 最悪
くそみたいな世界で高渡の日常は最悪の日々へと変わっていた。
遠くから眺めていられるだけでよかった、心のオアシスを奪われ、挙句ストーカーの犯人扱いを受けている。
報われているのは、その事実を知っているはタクヤだけでタクヤは他の人に公言していないということ。
しかし、そんなこと高渡にはどうでもいいことだった。
『僕は犯人じゃない……僕にだって見る権利はあるはずだ』
そう心の中でいくら思っても、タクヤにも椎名にも届かない。
何度心の中でタクヤを罵り恨んだことか。
高渡はいつしか、椎名を見る代わりにタクヤを見るようになっていた。
その目には恨みの炎がこもっていた。
「ねぇ」
椎名の取り巻きの1人で、一番のギャルが高渡に声をかける。
おそらく、耐えられなかったのだろう。
驚いた表情で高渡が、机の前に立つギャルを椅子に座ったまま見上げる。
「なんか用?」
「え?」
「ずっとうちらのこと見てんじゃん? 何か言いたいことでもあんの?」
「えっと。見てない。です……」
高渡の尻すぼみの答えは、ギャルには納得のいくものではなかった。
「最初は女子見てんのかと思ったけど、あんたタクヤ見てるよね?」
バレていた。
「何? 何か恨みでもあんの? 羨ましいとか?」
「……」
図星だった。
何も言えない高渡を見てギャルが吹き出す。
「住む世界が違げーよ」
高笑いしながらギャルは椎名の隣へと戻って行った。
「そんなこと言われなくたってわかってるよ……」
高渡の呟きは教室の雑踏の中に消えて行った。
この事件以降、高渡は慎重になった。
自分でも無意識にタクヤを恨みの眼差しで見ていたことに、心底驚いた。
こっち見んな。と間接的に言われたことになる。
そして何故かギャルは、高渡の秘密を知ったと思い込んでいるようだった。
「タクヤみたいになりたいなら、もっと筋肉つけろよ。運動しな」
クスクス笑いながらそんなことを言われたり、
「あんたバイトしてんの?」
と唐突に訊かれたこともある。
高渡はバイトをしているが、そのバイト代のほとんどがゲームに使われていた。
バイト先もゲーム屋で、バイト仲間は高渡と同じくらい暗い人ばかりで友達と呼べる仲ではなかった。
「自分磨けよちゃんと」
ギャルが高渡の頭をポンと叩く。
『からかわれてるのかな?』
叩かれた頭部をポリポリ撫でながら、高渡はそんなことを考えたりもする。
そしてくそみたいな世界の最悪の日常は、更に高渡をどん底へと突き落とした。
●
「なぁ」
バイトの帰り道に見知らぬ人から声をかけられた。
世間一般で言えば、ヤンキーと呼ばれる集団だ。
高渡のような人は、こういった人種に捕まりやすい。
「俺たち遊ぶ金ねーんだけど、持ってない?」
よくあるやつだ。
「ありません……」
高渡はこういう時のために、財布を持ち歩くことをしない。
それに、いつも人通りの多い道を歩くので基本的には本当に持っていない場合にはこれで済む。
しかし今回は違った。
「あぁ? だったらそこのコンビニでおろしてこいや!」
1人の少年が恫喝する。
あまりの恐怖に高渡は全財産を差し出した。
「いいとこあんじゃん! 今度会った時にいいもん見せてやんよ」
訳の分からないことを言って、不良少年たちはバイクでどっか行ってしまった。
「せっかく買おうと思ってたゲームはお預けか……」
ポツリと高渡が呟くと、背後から大声で笑う声が聞こえた。
振り返ると、椎名の取り巻きギャルが爆笑していた。
「だっせーな。そんなんだからモテないんじゃね?」
見てたなら助けてくれればいいのに。高渡はそう思いながらギャルのことを無視して走って家まで帰って行った。
本当に最悪の日常だ。
こんな世界――
「消えてなくなればいいのに……」
――繋がった。