第2物語り エンドリア
エンドリアの実情を正確に把握した敵は、カーズローと共にエンドリアの中枢へ進んだ。
出てくるなと言われたがぶりーは、得意の魔法を使って身を隠している。
通常であれば、ピンチの時に助けるようにも思えるが、ガブリーに限ってそういったことはしないだろう。
つまり、助けて欲しければ助けてくれとお願いされないと助けない。
こういうところもめんどくさいと思われる部分だ。
「敵殿。大丈夫ですか?」
カーズローが後ろから声をかける。
「何がだ?」
「先ほどふらついていたようですが?」
「あぁ。問題ない。ちょっと立ちくらみがしただけだ」
手をひらひらさせるが、カーズローはそれこそ心配だと言う。
「魔法には、我々が知らないものが多くあります。ましてやここは敵地。さっきのこともありますし休憩しましょう」
さっきのこと。とは、敵が時折自分が2人になっているような気がすると言ったやつのことだろう。
加えてカーズローはガブリーのことをそこまで信用していない。
「いや。今は一刻も早く中枢へたどり着くことが大事だ。ワーム族がここにいない間にな」
これこそが、敵とカーズローがエンドリアに隠れ住んでいる人類種の青年から得た情報だ。
青年は密売を生業としており、ワーム族が掘った穴の中にある希少な石を入手するためにエンドリアへ来ていた。
敵たちの仲間になることはないが、情報が得られたらまた渡すという協力は取り付けた。
青年からしても、敵たちが繋ごうとしている街道が出来上がった方が商売がしやすい。
そして今、ワーム族は族長が死んだことで葬式のようなものをあげるために、エンドリアの隣の巨大な岩山に集まっている。
いつ葬式のようなものが終わるかは分からない。
種族によっては一月も黙とうを捧げることもあるという。
敵たちはその間に、ワーム族の中枢へ侵入しワーム族の秘宝を狙う。
「本当にあるのでしょうか。ワーム族の秘宝」
カーズローが心配する。
その情報源がガブリーだからだろう。
その秘宝を持つ者が次のワーム族の族長になるのだと言う。
ワーム族的に言えば、今の葬式は次の族長を決めるための儀式でもあり、誰がその秘宝を手にするのかのレースでもあるらしい。
「葬式なのにレースなんて変ですよね」
「各種族には各種族なりの考えがあるんだろ? 族長の葬式を終えてから、秘宝へ最初にたどり着いたやつがリーダーなんて、オレたち人類種には理解し難いがな」
カーズローの言葉に敵が肩をすくめる。
エンドリアは砂と岩と土の国だ。
その上暑いので、イメージとしては砂漠に近い。
水分の確保は当然ながら、暑さ対策も怠ってはならない。
そんな過酷な中を敵とカーズローは急ぎ足で進んでいた。
「敵殿。流石に休憩しませんか?」
カーズローが肩で息をしている。
腕っぷしに自信のある彼ですら辛い状況なのに、敵の息は乱れていなかった。
『これが……人類種最強の実力か……』
敵を横目で見ながらカーズローが戦慄する。
「しっかり水分を補給しておけ。少し寝るといい。オレとガブリーが見張りをする」
最後に、見張りなんて必要ないと思うがな。と付け足した。
カーズローは、自分も最強の一角だと思っていたのに、その実力差に愕然としプライドもあって強がりを言ってしまった。
「自分もまだいけます。寝ずに行きましょう」
敵はカーズローの実力をしっかりと見極めている。
「そうか。それならオレが先に少し寝かせてもらおう」
実際カーズローは寝なくても休憩するだけで体力は回復できる。寝るのは念のためである。
●
「ガブリー」
敵が寝てからガブリーはずっと見張りを手伝ってくれていた。
無論、カーズローと一緒に見張る時は無言だったが交代してカーズローが寝ると敵が話しかけた。
「はい?」
久しぶりの会話に喜びのような表情を浮かべる。
「さっきの魔法はなんだ?」
カーズローと戦う素振りを見せた時に、ガブリーの周囲が青く光ったやつだろう。
ガブリーは、待ってました。と言わんばかりに得意げな表情を見せた。
「先ほどの魔法は、大洪水。ワタクシの周囲が青く光っていたのが分かったでしょう?」
ふふん。と得意げに鼻を鳴らす。
ここで返事をしないとガブリーは続きを話さない。
「あぁ」
渋々敵が返事をすると、満足そうな表情を浮かべてガブリーは続きを話し始めた。
「あの光が水となって対象者に向かって襲い掛かります。光を貯めれば貯めるほどに水量は増えるので、光が魔法の合図だと知らない者を相手にすれば初見殺しとでも言える魔法ですね」
「し・か・も!」
あえてここで言葉を区切るのは、敵の注意を引きたいからだ。
「この魔法は我々天使族が生み出した魔法だから、知ってる者も扱える者も限られている優れた魔法!」
まるで飼い主に褒めて欲しい飼い犬のように羽をパタパタと揺らす。
「オレも使えるようになるか?」
「魔法の論理を知れば誰でも」
さも当然のように敵の質問にガブリーが答える。
今までも敵は、ガブリーにいくつかの魔法を教えて貰っている。
魔力を持たない人類種には魔法は使えないが、敵は魔法の論理を理解し、いくつかの魔法を習得していた。
「そもそも魔力を持たないはずの人類種なのに、どうしてキミは魔法が使えるんだろう?」
不思議そうにガブリーが敵を見る。
魔法の論理を理解しただけでは魔法は使えない。
使うには魔力が必要だが、人類種にはその魔力がない。
「人類種はそれを知識で補うはずなのに、キミは普通に魔法まで使えてしまうなんて不思議だ……」
「さぁな。俺には人類種以外の血が混じってるとかそんなんじゃねーのか」
全く興味を持たずに敵が言う。
「キミは分かってないね。異種族間で子孫は作れない。体の構造が全く違うからね。そもそも生物学上」
「分かった分かった。お前の話しは長い」
さも得意げに話そうとするガブリーを敵が遮る。
「まぁ、キミが魔法を使える理由について1つだけ心当たりがあるんだけどね」
これでどうだ。と言わんばかりにガブリーが鼻を鳴らす。
「どうでもいい。理由なんか意味ないだろ? 現に俺は魔法が使える。それだけだ」
ピシャリと敵が言い、話しはこれまでとなった。
あとは、大洪水の使い方をガブリーが敵にずっと教えているといつの間にか夜が明けていた。
エンドリアの夜明けは美しい。
茶色しかない色に、オレンジ色を加え豊かで広大な大地を映えさせる。
「キレイだな」
それは、ガブリーに魔法を教えて貰っていた敵が思わず口にする程に美しい。
「ですね」
その様子を見て、ガブリーはそっと微笑んだ。
この姿が見れただけでも、敵の仲間になった甲斐があるとガブリーは思っていた。
「そう言えば、ワタクシとキミが出会ったのもこんな美しい日の光がある時でしたね」
ふと思い出したようにガブリーが言うと、敵は頷きながら少し否定した。
「あぁ。だがあん時は朝じゃなくて夕方だ。ありゃ夕焼けって言うんだぜ?」
「人類種は、太陽の位置によって時間という概念に捉われると聞いたことがありましたが、本当のようですね」
どうやらガブリーと敵は夕焼けの時に知り合ったらしい。
朝日に照らされる敵の顔をガブリーは真っ直ぐと見つめ返す。
「何か言いたそうだな?」
「さすがだねキミは。実はエンドリアでの仕事が終わったら少しの間暇が欲しいんだ。やりたい研究が出来たんでね」
敵は、ガブリーの表情だけで何か言いたいことがあることを悟った。
観察力が高い敵をガブリーはいつも褒め称える。
「問題ない。俺たちがどこにいるかは分かるんだろ?」
「いつでもキミの居場所は特定できるよ。どこにいてもね」
そう言うなりガブリーは魔法で姿を消した。
ちょうどカーズローが目を覚ましたところだった。
――それに少しだけ疲れてしまったよ……繋ぎ止めるのがこんなに大変だとは――
ガブリーの呟きは誰の耳にも届かず、朝日の中に消えて行った。