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肌はあわ立つ

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う~、急に鳥肌立ってきたなあ。けっこう風、冷たかったんじゃない? このあたり、梅雨入りがちょい遅めらしいけれど、天気が悪いと、どうしても冷え込んじゃうよね。

 しかし、このぶつぶつの感触って、個人差あるかもだけど、ちょっと気味悪くない? はじめて目にしたときには、不思議かつ怖い対象だったね、これ。

 聞いたところによると、鳥肌の原因は毛穴のすぼまりにあるらしい。

 寒さを感知すると、人の身体は熱を生じさせる、あるいは熱を外へ逃がすまいと、身体の各所が動く。

 肌の場合は毛穴が一気にすぼまって盛り上がり、しっかりフタをすることで身体の熱が外へ漏れないよう試みるのだとか。


 しかし、人間は動物たちの中でも、毛が少なめな生き物。

 地肌をさらす面積が多いゆえ、毛で隠されていない部分はその穴のすぼまりがはっきりと見えてしまう。こいつが鳥肌の正体ってわけだ。

 寒くて鳥肌が立つなら、みんな原因はそれだろうな、と感じるはず。ならば、寒くないのに鳥肌が立つのはどうしてだろう。ジンマシンなのだろうか。

 僕がいとこから聞いた話なんだけど、耳に入れてみないか?


 いとこは、しょっちゅう鳥肌が立つ体質なのだという。

 冷たいものにさらされると、すぐに指で触れてはっきりざらつきが分かるほどの鳥肌が、肌を包み込む。

 お風呂上りの、身体を拭き終わるまでにかかるわずかな時間でさえ、鏡に映す全身へ、どんどんとブツブツが広がっていくのを目の当たりにできてしまうくらい。

 それらを見ると、ついこそぎ落してしまいそうな勢いでタオルをこすり合わせ、無理やりにでもあったかくしようとしてしまうのだとか。


 親である、おじさんおばさんいわく、小さいころからずっとこの調子らしい。

 ならば、もう体質としてあきらめるしかないか……と、いとこ自身だいたい納得していたんだとか。

 だから、その日のぽかぽか陽気な空の下、不意に鳥肌が立ったのも、はじめはいつものことかなと思ったそうなんだ。いくらなんでも、これほど温い空気でもって、なるとは考えづらかったけれど。

 半袖から出る、ざらざらとした腕をさすりながら、ひょいと頭をあげるいとこ。

 そこには地域の掲示板が立っていて、後ろには背の高い柿の木が控えている。

 無数に枝分かれしたそれぞれに実はなっていないけど、ひときわ長く伸びた枝の先にスズメが一羽とまっていたんだってさ。

 が、ひと目見て、様子がおかしいことに気づく。


 鳥肌だ。

 スズメはいとこが肉眼で見ても分かるくらい、全身にジンマシンを思わせる細かいイボをのぞかせていた。

 毛がたっぷり全身を覆っているだろうに、その上からシールか何かでも貼り付けたかのごとく、鮮明な表出。その異様なかっこうに、いとこは足を止めて、しばし視線を奪われてしまう。

 スズメは左羽に自分の顔をうずめるような、毛づくろいを思わせる、妙な動きを続けていた。自分の異状を察知しているのかもしれないが、飛び立とうとする気配はない。

 見ていて、自分の肌のあわ立ちさえも、なおざらつきを増してきたような気がする。

 早く帰って、身体を暖めようかなと、再び歩き始めたところ、すぐに目の前を横切るものがあった。


 白猫だ。

 掲示板の陰からぬっと身体を出したかと思うと、いとこの数歩先をゆうゆうと渡っていく。近くに人の気配があるというのに、こちらをちっとも見やらないとは、そうとうニブいのか、なめきっているのか。

 いずれにせよ、それだけならば、つっぱった態度もかわいいものさ。

 その全身に浮かぶ、鳥肌さえなかったのなら。


 スズメに数倍する図体。そのほぼすべてから、白いイボらしきものがまとまって姿を見せている。

 イクラの集まりか、ハンコ注射のあとか。いずれにせよ、スズメのそれよりもひとつひとつが大きいそれらは、不可解さもまた数倍だ。

 猫はそれを気にする様子はなく、胸でも張るかのようにそりかえり気味の姿勢のまま、車どおりのない車道を横断していった。


 ――なんなんだよ、今日は。


 ぶるりと肩を震わせながら、また自らの両腕をなでて、いとこは気づく。


 自分の腕もまた、いぼひとつひとつが大きくなっている。

 当初は針で刺したあとの盛り上がり程度だったのが、いまは蚊にくわれた後を思わせるはっきりとした隆起になっている。

 小さいときも、あれはあれで気味悪かった。しかし、こうして大きさを増しながらも、いくつに分かれることは止めず、腕を覆いつくす。

 できの悪い天かす、油かすが腕に張り付いているかのようだったとか。


 ――なんだよ、これ?


 思わず手を顔にあてて、いとこは気づく。

 自分の頬もまた、同じような肌触りがした。鏡はなく、手触りだけの判断ではあるものの、間違いなくイボだらけだ。

 まさか、と服越しに身体中を触ってみると、はっきりとはしないが同じような感触を味わうことになった。


 鳥肌だらけ、いや、ほとんど虫食われだらけだ。

 つき立つようなイボたちは、今度はじょじょにふやけていくように思え、軽くさするとぐにぐにとへこむ。むくみに似て、水を溜め込み始めているようだった。

 じょじょに全身へむずがゆさが走り出す。「さっさと、俺たちをかきつぶさないか」と、このイボたちが煽り、誘ってくるかのような挑発だった。

 表面はいよいよてかりを帯び、気色悪さも増してきて、つい爪を立ててこいつらを滅してやりたい、と頭にちらつき始めたとき。


 ぼとり。

 いとこの脇へ落ちてきたものがある。

 スズメだ。あの柿の木の枝にとまっていた。

 いや、「スズメであったもの」だろうか。アスファルトへ落ちたまま微動だにしないそれは、スズメの皮と肉ばかり。生き物が持つべきふくらみが、すっかり失せた「はくせい」を思わせる姿だ。まったく、動きもない。

 ただ、全身からはあのイボがいっぺんに失せていて、元の肌そのままになっている。


 もしや、と目をやった先の白猫。

 これもまた、車道を渡り切った先でぐったりと倒れている。

 同じく、はくせいのようにぺしゃんこで、体中のイボをすっかり失った状態で、だ。


 ――この鳥肌、さらすのはまずい。


 直感したいとこは、身をかがめて、身体で抑えられるところは抑えつつ、今度こそ家へ向けてひた走った。

 じきに靴底は、雨の日のそれのようにぐっしょりと水音を立てるようになり、確信を得る。

 この鳥肌のイボひとつひとつから、水が抜けていくのだと。その結果があのスズメや猫のなれの果てなのだと。


 夢中で自宅へ転がり込んだとき、ザバリと音を立てて、いとこの体中から抱え込んでいた水が玄関に散らばった。

 血のような脂のような、それこそブッチャーな臭いが丸出し。しばし大騒ぎになったんだってさ。

 いとこはというと、やはりかの水は身体から出たもののようで、一気に体重が何キロも減った。

 これだけならダイエットといえるかもしれないが、どうやら骨とかを構成しているものも出てしまったみたいでね。

 ちょっとした衝撃。それこそ階段の上り下りだけで、骨が折れたりひびが入ったりしてしまうほど弱ってしまったらしい。今の調子に戻すのに、何年もかかったとのことだ。


 あれは鳥肌に見せかけた、もっとやばいものだったのだと、いとこは話していたよ。


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