永遠の奈落より
いつも眠りにつく前に思う。
「このまま目覚めず、夢の中で死ねたらどんなに幸せか」と。
けれどもその希望は裏切られ、いつも通りの悪夢の現実に目覚めることになるのだ。
錆びついた太陽の色、重く濁った空気が俺に告げる。
今日も奈落の底・・・だと。
いつもの習慣で重装甲服を身につけ終わった頃、予想通りエマージェンシーランプが点灯し、ディスプレイに飽きるほど見慣れた顔が映し出され、気だるそうな低い声で語る。
「タケシ、記念すべき100回目の和平交渉だ。大臣の護衛についてくれ。」
「了解、ジョー。俺にとっては80回目の戦闘だ。で、今日は誰とパーティを組むんだ?」
「必ずしも戦闘になるとは限らんさ。今リジェネレーションしているのはハヤト一人だ。」
「了解、ジョー。敵さんが第4世代でないことを祈っておいてくれ。」
俺はヘッドギアを装着しハッチへと向かう。
背後からジョーの声が聞こえる。
「グッドラック、タケシ。無事帰ってきたら例のバーでいっぱいやろう。」
俺は振り返らず右手を挙げて答えた。
「ジョー、お前のおごりでな・・・・。」
ハッチの外は何もない黄色だけの砂漠。
ここもかつては緑豊かな土地だったが、際限なく続く戦争がすっかり風景を変えてしまった。
さすがにもう変わりようのないことだけが救いと思う。
俺は砂を踏むことなく、ジャンプした状態でジェットパックを起動し、一気に高度3000mまで上昇する。
やがて上空に全身黒づくめで、目の部分だけ赤く輝いている戦闘員が静止しているのが見えた。
識別信号を確認し、通信回線をオープンにした。
「ハヤト、お前また変化したな。」
「ああ、胸部に強化パネルを取り付けて、パワージェネレーターの出力を1.5倍にあげた。」
俺はいささか呆れてハヤトに問いかけた。
「それだけ出力を上げると、ボディの方がついていかないだろ。」
ハヤトはこともなげに言う。
「多少のオーバーチューンは許容範囲に入るが、ダメならチェンジしていくことを考えている。タケシ、俺から言わせればお前の方が懐古趣味で異常だよ。」
なんだか馬鹿にされたように感じ、俺はいささか不愉快になった。
「俺は第1世代だからな。この身体にこだわりがあるさ。第2世代のお前とは違うんだ。」
フルフェイスのマスクに隠れて表情は読み取れないが、ハヤトのゴーグルの赤い光が少しだけ揺らいだ気がする。
ハヤトは皮肉っぽい口調で言った。
「今のところ2.5世代ってところだが、第3世代まではアップグレードしてみせるさ。」
「そうか、その時はよろしくな。俺は引退させてもらうよ。」
「タケシ、俺たちに引退はない・・・・ってわかっているよな。すまん」
そう、俺たちが引退する時は死ぬ時だ。
そして俺は少しでもマシな死を望んでいる。
まもなく大臣の乗ったポッドが到着し、俺たちは北方の中立地帯へと向かった。
さて、交渉の結果は予想通り決裂し、俺たちは敵兵と戦った。
奴らは避弾機構付の重装甲服に追尾式ミサイルランチャーの最新鋭の第3世代、それに比べて俺の装備はミサイル1発喰らえば吹っ飛ぶ旧式装甲にマシンガンのみ。
真っ当に戦えば勝てるわけはないんだが、機動性では勝る俺と自称2.5世代のハヤトの火力で互角に持ち込む。
俺が下方から至近距離に近づくと、自動回避装置が働いて敵機は予測通り斜め上方に回避した。
俺はその瞬間にジェットエンジンの出力をカットし自然落下する。
相対速度から追尾レーダーでも捉えきれず、突然俺が消えたように見えたはずだ。
装甲の弱い下部から狙いを定めてマシンガンの集中砲火を喰らわせてやる。
そのうちの一発が装甲をぶち破ったようで、敵機はきりもみしながら落下していった。
「木の葉落とし、まだまだ通じるな。」
俺は独り言を言う。
そもそも俺が編み出したものでもなく、500年以上前の俺の祖先の国の得意技だったらしいが。
他にもカミカゼというテクニックがあるらしいがどんなものか俺は知らない。いつかは身につけたいものだ。
油断した・・・・、背後から狙撃された。
強烈な衝撃が身体を襲う。
なんという間抜けさ加減だ。
俺は自分を呪いながら損傷状況を確認する。
被害は軽微、俺は頭部を除く右半身を吹き飛ばされただけ。
ハヤトをモニタリングすると、被害は両脚の膝から下が焼失した程度。
敵残機は1機
ハヤトは俺を狙撃したやつの背後に回り込み銃火器をぶち込んだ。
今回は、俺たちの勝利だ。
アーメン、大臣。あんたの代わりはいくらでもいるから大丈夫だよな。
とはいえ、ところどころ焦げて機能を消失しているしジェットパックも半分は持っていかれたので飛行を保つのが精一杯。
俺は無理に口角を上げてハヤトに向かって言った。
「あまり長くは持ちそうにない。帰投しよう。」
ゴーグルを解放したハヤトは緊張から解き放たれたのか、苦笑いを浮かべながら言った。
「了解。とりあえず装甲はメンテしろよ。」
3時間後、俺は応急処置をすませて士官室のバーで飲んでいた。
ハヤトは汎用品の義足をつけている。
「また死に損なったことに乾杯!くそくらえだ。」
ジョーはカウンターに肘をついたまま無言で右手のグラスを軽く上げる。
ハヤトは呆れた顔で俺に言った。
「タケシはそう言いながら、もう300年も生きているんだよな。第1世代はあんた以外にもういないのに。」
「いや、敵国にはいるかもしれないし、中立国にも何人かいるんじゃないかと思うぞ。」
「いや、賭けてもいい。あんただけだね。だいたい第3世代と戦って生き延びるのは第2世代だって厳しいんだぞ。」
「まあ、ちいとキツくなってきたのは認める。今回もよく生きていたなと思うしな。」
ハヤトはそんな俺を見つめ、急に真顔になって言った。
「タケシ、俺はアップグレードする。グラスホッパー型の脚にするし、ブースターも装着する。」
「いいのか?」
「ああ、今日の奴らを見たろ?コウモリの遺伝子を融合してやがった。第4世代になればコウモリとスパイダーのキメラなんてやつもいるらしい。俺たちみたいなオールドタイプじゃ太刀打ちできない。」
俺はカウンターのほうに振り返ってジョーに話しかけた。
「ジョー、お前はどう思う?」
ジョーはグラスの中に浮かぶ氷塊を見つめながら、低い声で言った。
「タケシ、それを私に聞くのは意味がないと思いますよ。私はそもそもヒューマンではないのだから。機械比率100%の、昔の言葉で言えばロボット・・・・ですので。」
ふたりは先に帰り、俺は一人バーに残り、4杯目のアルコールを国に流し込んでいた。
それはなんの味もしないし酔いもしない。文字通り。
それは250年以上前の習慣、俺が生身の肉体を持っていた頃の習慣に過ぎなかった。
あの戦争が始まり、兵士だった俺は戦場に駆り出された。
最初に失ったのは両腕だったろうか?
当時は現在のような遺伝子操作技術が発展していなかったため、機械の腕が与えられた。
そして戦場に行くごとに俺はだんだんと機械に近づいていった。
ただ、ハヤトたち第2世代に比べれば、俺たちはまだ恵まれていたのかもしれない。
彼ら第2世代は人間として生まれ、戦士として育てられ、15歳になった時解体された。
その頃、家畜はほとんど絶滅し、地上には豊富なタンパク質は、ヒューマンしか残っていなかったのだ。
脳は機械のボディに移植され、そしてそれ以外の肉体は・・・・、飢えた市民の食糧となった。
いくら戦士として育てられたとは言え、ハヤトは人間だ。
そのトラウマがボディのアップグレードへの熱中に繋がっているのではないかと思う。
食糧事情については第3世代の培養肉によって改善され
それと同時に戦士も変わった。
彼らはそもそも人間として生まれていない。
電子脳に最適されたバイオコンピューターに過ぎず
ボディも金属を減らし、保管されていた生物遺伝子との融合による改造人間
”カイジン”
となのだ。
俺たちはカイジン相手にこれからもいつ終わるともしれない戦いを続けるのだろう。
人間を守るため?
本当に守る価値があるのか?
俺は300年生きている。
全ての部位は機械となった。
最後に残った脳も、120年を過ぎた頃、老化が始まり機械に変わった。
全ての記憶を高密度の電子脳に移植し俺は生き続けている。
いや・・・・・そうなのか?
あの瞬間、俺はどうだったのだろうか?
感覚的には眠って起きただけだが、あの時俺は死んだのではないか?
今、眠ったと感じているのは電子脳のリブートに過ぎないし
その後も何度か電子脳は交換されているはずだ。
その都度俺は死んでいるのか?
では、ここにいる俺は・・・・いったいなんなのだ?
最近、仕事が忙しい上に小説より恐ろしいイベントが大量に起きていたもので、すっかりご無沙汰してしまっていました。
ホラーを書きたいのですがなんだか中途半端な形になってしまいましたね・