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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第三章 世界征服編
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91 月下美人


 昼の部の演目を見終わった私たちは、お弁当と呼ばれるテイクアウトの昼食をそのまま個室の客席で食べた。

 劇場へ足を踏み入れた際にロビーの売店で見かけたものだが、人気の物はすぐに売り切れるのでカガチが予約をしておいてくれたらしい。

 お弁当の中身はちらし寿司や煮物で、冷たくてもおいしく感じるように旅館で食べた料理よりも濃い目の味付けにされていた。

 桜の形に飾り切りされた野菜は、夜の部の千本桜をイメージしているのだろうか。味だけでなく見目も鮮やかで、これならば売り切れるのも納得だ。

 ただ、私たちは個室だからいいが他の客席では他の客のお弁当の匂いが気になりそうである。

 お弁当は水木の国独自の文化のようだし、ユーカリプタスで劇場を作る際は別に食事処を設けた方がいいかもしれない。


 そして、各々休憩をとった後に夜の部が始まる。全てが終わった頃にはとっぷりと日が暮れていた。


 

「最高だったわ……!」


 興奮の冷めやらぬ私は、何度も何度も昼の部と夜の部で印象的だったシーンを思い出す。

 特に感動したのが、昼の部で花魁を演じていた役者の演技だ。今私が身に着けているドレスでも充分重く感じるのに、舞台の上の花魁はボリュームのあるかつらを被り、山のように櫛や簪を挿し、布団のように分厚いうちかけと呼ばれる服を羽織った状態で、私が履いているものよりうんと高い下駄を履いて優雅に歩いていた。

 商人の男が一目惚れをするシーンの表情は遠目で見てもわかるほど艶やかで、思い出すだけでため息がこぼれる。

 演じているのが成人男性だということをいつの間にか忘れて見入ってしまったくらいだ。

 

「私あの役者さんが出ている他の演目も見てみたいわ。次に見られるのはいつかしら」


「一応冬になれば始まる演目にも彼が出ていたと思いますが、彼の過去の上演作品の映像記録が城にあるのでよければ今度一緒に見ましょうか」


「是非お願いしたいわ」


 私が傾奇(かぶき)を気に入ったことが嬉しいのか、カガチは大変魅力的な提案をしてくれた。

 今日はもう遅いので映像記録の鑑賞は後日にしようということになり、カガチと別れて私たちだけ一度旅館へと戻る。

 ダチュラに着物の帯を解いてもらうと、言い知れぬ解放感に全身が包まれた。どうやら、自覚はなかったが慣れない着物に緊張していたらしい。

 温泉で疲れを癒した後浴衣に着替え、食事をしながら互いに傾奇の感想を話すことにした。ちなみに今日のメニューは、しゃぶしゃぶという肉料理だ。

 

「お母様がお気に召していたのでよかったですけれど、衝撃的な物語でしたわ」


「確かにそうね。でも大衆演劇って悲劇が多いものじゃないの?実際に観に行ったことはほとんどないけれど、大衆演劇の原作ならいくつか読んだことがあるわ」


 確か、大衆演劇に好まれやすいのは敵国同士の者が恋に落ちる話や、身分違いの恋や血の繋がった禁断の恋などが多く、最終的にヒロインかヒーローのどちらかが死ぬか心中する展開が多い気がする。

 もちろんハッピーエンドや喜劇の作品もあるが、私が読んだ作品の中だと圧倒的に悲劇が多い。

 

「ピオニーはどうだった?」


「夜の部の千本桜が印象的でした。恩に報いようとする狐の姿が特に」


「あぁ。あの狐が故郷へ帰るシーン、風魔法で飛んでいたのが圧巻でしたわ。私の元いた世界だとあの演出は無理ですわね」


 ダチュラたちのいた世界で演じられていたものと傾奇が似ているという話は聞いたが、あちらでは魔法が存在しないので物語や設定は似ていても演出が異なるようだ。

 魔法を使わない演出も面白そうだと思うが、風魔法で飛びながら火魔法で狐火を浮かせるのも相当訓練をしなければできないほどの細かな技術のはず。

 客席や舞台のセットに火の粉がかからないよう気を付けなければいけないし、演出側の努力は計り知れない。


 食事が終わり、縁側へ出ると暗い帳の中に丸い銀色の月が浮かんでいる。庭園に植えてある紅葉が灯籠に照らされて、コントラストがとても美しい。

 風に当たる私に、ピオニーが瓶の中に大輪の白い花が漬けてある酒を持ってきた。食事の時に飲んだ酒よりも度数の高いようなので、小さなグラスに少しだけ注いでくれる。

 繊細な模様がカッティングされた紫色の重厚なグラスは、工芸品に詳しくない私が見ても高価なものだと一目でわかる。旅館の備品とも思えないが、いつの間に用意したのだろう。

 ちびりと酒を口に含むと、少量でも花の香りが鼻腔に広がりため息がもれる。

視察で訪れたはずなのにこんなに美しい風景を見て、美味しい物を食べて、お洒落もできて贅沢三昧なのは、ダチュラやピオニーが尽力してくれたからなのだろう。

 ここ数日モンステラの動きが不安だったのだが顔に出ていたのかもしれない。王としても母としても、不甲斐ないことだと反省する。

 シルベストリス魔王国で偵察用の精霊が近付いてきたり心配事は絶えないが、水木の国は孤島であるが故に他国からの干渉もないし、ここにいる間くらいは仕事のことは忘れて羽を伸ばそう。

 頭の中ではそう理解しているが、劇場で得た感動を反芻しているとユーカリプタスにいる皆にもあの感動を分けてあげたいと思い、我が国の娯楽はどう発展させてゆくべきかついつい考えてしまう。


「女性の役を成人男性が演じてもあんなに違和感がないなんて思わなかったわ。反対に、女性だけで構成された演劇があってもいいと思うけれど」


 特に深い意味はなかった。男性だけで演劇が成り立つのなら、女性だけで成り立つ演劇も見たいものだと、軽い気持ちで誰に提案するわけでもなく呟いただけだ。

 しかし、私がぽつりと溢した言葉をダチュラは勢いよく拾い上げる。


「天才ですわ、お母様!水木の国で発展した大衆演劇が男性の演じる傾奇なら、ユーカリプタスはその逆でいきましょう!」


 どうやら、私の些細な言葉でダチュラは天啓を得たらしい。さっそく衣装やメイクについての目算をしてスケッチブックに走り書きをしている彼女を見て、こんな時くらいゆっくりすればいいのにと自分のことは棚に上げて苦笑する。

 後日、私がこの時飲んでいた酒に浸かっていた花の名前を由来にした月下美人歌劇団という女性だけの劇団がユーカリプタスに生まれるのだが、それはまた別の話――

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