88 あっぶくたった
諸事情により更新時間が遅れました。申し訳ないです。
ベラドンナとジギタリスは、アネモネと同じように聖女に捕らえられて実験されていた。
その事実を聞いた私は、アネモネに話してもらった彼女の凄惨な過去が蘇る。
今はこうしてあっけらかんと話している二人だが、さぞ酷い目に遭わされたのだろう。しかし、それならばひとつ謎が残る。
「あなたたちもアネモネと同じ目にあったのよね。なぜあなたたちは魔王にならなかったのかしら」
不老不死の実験のために聖女に酷いことをされたのならば、彼らもアネモネと同じくらい聖女を憎んだはず。
不思議に思った私が素直に疑問を口にすると、ベラドンナとジギタリスは顔を見合せて怪訝な顔をした。
「なぜって、僕は洗脳系でベラドンナは呪い系の能力が得意だからね」
「アネモネがうちらの中で一番酷い目にあってたんだよぉ。聖女は不老不死を求めていたから」
二人の言葉を聞いてもピンとこなかったのでアネモネに助け舟を求めるように視線を送ると、ドライフルーツをチーズフォンデュに潜らせていた彼女が赤い目を瞬かせる。
「そっか、言ってなかったっけ。あたしは死霊術が得意だから、聖女はあたしの力を研究すればより不老不死に近付けると思っていたのよ」
アネモネは死霊術が得意だというのは初耳だが、披露される機会もなかったので当然かもしれない。
それにしても死霊術と不老不死は似て非なるものだと思うのだが、聖女も迫り来る加齢に焦っていたのだろうか。
だからといってやったことが許されるわけではないのだが。
「アネモネが魔王になって教団の関係者を皆殺しにしたから、うちらは受肉し放題で助かったよねぇ」
「そうそう、新鮮な死体がたくさん転がっていたからね」
どうやらベラドンナとジギタリスをはじめとした教団に捕らえられていた悪魔たちは、アネモネが倒したエルフたちの肉体に取り憑いたらしい。
悪魔は受肉しなくても生きていけるが、今の彼らのように食事をするには肉体がないと無理なのだとか。
「うちはオシャレが大好きだから受肉したんだよねぇ。身体がないと着せ替え出来ないしピアスも開けられないから」
「僕は断然食事と読書が目当てだね。特に酒は人類の叡智だよ。僕たち悪魔は毒が効かないから酔わないけど、それでも食事とのペアリングによって酒の味が代わるのが興味深くて」
身体を得ることによってどんなメリットがあるのだろうとは思っていたが、案外俗物的な理由だった。
悪魔が自分の欲求に素直な生き物だということを考えると、自然な流れとも言えるのかもしれないが。
「ねぇねぇ、次はうちらが色々聞いてもいい?異世界の服のデザインでうちに合いそうなのってあるぅ?」
「異世界の知識は本からは得られないから僕も興味あるね。あちらの料理は他にはどんなものがあるんだい?」
今度はベラドンナたちにダチュラが質問責めにあう番になったので、私は二人をダチュラに任せてアネモネへと向き直る。
「この国も賑やかになってよかったわね」
「別に。うるさいったらないわ」
口を尖らせているアネモネだが、本当に不快ならばとっくに二人を追い出しているはずだ。
アネモネとベラドンナ、ジギタリスは三百年前に宿敵を同じとした者同士としての絆があるのだろう。
ダチュラからもらった服を大事にしていたアネモネが、ベラドンナに貸し与えているのが何よりの証拠だ。
かつて自分が古びた修道服をずっと着ていたから、オシャレが好きなベラドンナにも着せてあげたいと思ったのかもしれない。
「ユーカリプタス魔王国って元々人間の国だったんだよね。城の図書館の蔵書量すごいんじゃない?今度僕読みに行ってもいいかな」
ダチュラはベラドンナとオシャレトークで盛り上がっているのか、暇を持て余したジギタリスが今度は私の席へ近付いてきた。
断る理由もないので、私は図書館の利用を快諾する。
「えぇ、もちろんいいわよ」
「行くのはいいけど、ミオに迷惑かけないでよね」
無邪気に喜ぶジギタリス、珍しく保護者のような立場のアネモネ、スケッチブックを覗き込みながら何やら議論しているダチュラとベラドンナ。
本当に賑やかになったものだと食堂を見渡すと、一心不乱にチーズフォンデュを頬張っているコリウスの頭に小さな精霊が乗っているのが目に入る。
「コリウス、頭の上の精霊はどうしたの?」
「ここの国に来てからずっと近くにいるんだ。僕に懐いているみたい」
「おや、これは珍しいね」
コリウスの髪と同じ萌葱色の光を淡く放っている小さな精霊だが、風属性の精霊のようだからシルフであるコリウスの魔力に惹かれているのかもしれない。
何の変哲もなさそうな弱い精霊に見えるが、何が珍しいのだろうかと精霊に近付くジギタリスを見守っていたのだが。
ぱん、と高らかな音が食堂に響いたかと思うと、ジギタリスがコリウスの頭上で手を合わせていた。
数秒後、何が起きたのかを理解した私は青ざめる。
握り潰したのだ。ジギタリスが、コリウスの頭に乗っていた小さな精霊を。
いったいどうして、とジギタリスを非難しようと立ち上がると、彼が笑顔で手のひらを広げる。
「エルフが使役している精霊が潜り込んでいたみたいだね。魔王国に偵察を仕掛けるなんて大胆なエルフがいたものだ」
ジギタリスによれば、先ほどコリウスの頭に乗っていた小さな精霊はエルフが使役していたものだったらしい。
驚いた私が慌ててコリウスの頭を確認するが、何も異常はないようで安堵する。
どうやら使役されていた精霊に攻撃性はなく、視覚や聴覚を術者と共有するだけの弱い個体だったようだ。
だからこそ、ジギタリスは近付くまで使役者の魔力に気付くことができなかった。
「ブランダ王国はこの三百年間比較的大人しくしてたと思うけど……何を企んでいるんだろうね」
カガチから、人間側が同盟を組んで魔王対策をしていることは聞いていたのに。
コリウスの隣に座っていたのも自分なのに、気付けなかったことが情けない。
しかし、偵察させるならわざわざコリウスに近付く必要はなかったのに、なぜ見つかる危険を犯してまでコリウスに精霊を近づけたのだろう。
他の魔王や魔族に頼るばかりでなく、自分でも情報収集をして対策を練る必要があると、私はしみじみ実感したのだった。




