09 感電
本来は前回とまとめて1話の予定だったので少し短いです。
「え?」
シオン王子に今までの話と真逆の内容を改めて依頼されて、気を抜いていた私は思わず間抜けな声を上げてしまう。
だっておかしな話ではないか。殿下は戦争の被害を抑えたいのではなかったのではないのか?なぜ戦争の兵器を私に?
混乱して固まっていると、シオン王子の表情がいつも私に接している時の優しいものから王族らしい凛としたものに変わる。そして、私が予想だにしなかった話を始めた。
「実は今回の戦争は、私と姉上が画策して起こすものなんだ」
困惑する私に、殿下はさらに話を続ける。内容を整理するとこうだ。
殿下は今のままでは第一王子が王位を継承することになるが、彼に政が務まるとは到底思えないので王位を自分が簒奪したい。
モンステラに嫁いだアスタ様も、シオン王子が国王になった方が色々とやりやすくなる。
そのためアスタ様がモンステラの国王を唆して戦争を起こし、そこでシオン王子が戦果を上げることで自分の地位を向上させようということらしい。
「当初は軍事知識に長けた錬金術師に依頼しようと考えていたのだが、殲滅力のある兵器を作ることくらい兄上だって考えるだろう。
だから私は王室錬金術師で一番発想力が長けている君に敵の戦闘力を無力化するような兵器を作ってもらい、捕虜を多く捕らえることで兄上が知り得ない情報を得て戦果を上げようと考えた。
君がここまで素晴らしい魔道具を発明してしまうことを予測できなかったのは……俺の致命的な判断ミスだ」
正直に話せば私が断ると思ったから。実際、殿下を警戒していた頃にこの話をされていたら私は断っていただろう。
機密を知ってしまったことで幽閉されたり、王室錬金術師として暮らせなくなったとしても、きっと。
「頼む。ミオソティス、俺に兵器を作ってくれ」
王族である殿下は、ただの男爵位である私に再び頭を下げた。いつもなら王族としての振る舞いを忠言する側近も、黙って見守っている。
頭を下げる殿下の表情が悲痛に歪んでいたのは、きっと私の返事をわかっているからだろう。
そして、その返事を聞けば自分がどういう行動を取らなければいけないのかも。
「申し訳ありませんが……お断りいたします」
私の背後で、護衛の騎士たちが動いて甲冑が当たる音がする。
今後戦争が起きるかもしれない程度の機密なら、戦争が落ち着くまで幽閉されたり職を失う程度で済んだかもしれない。
それが、この国の王子と敵国に嫁いだ王女が戦争の計画を立て、王位簒奪を企てていることまで知ってしまった。
ここまでの機密を知ってしまった一介の錬金術師の行く末など、誰でも予想ができるだろう。ましてや、私が生み出してしまった賢者の石は確実に彼らの計画の邪魔になるものだ。
「殿下、そんな顔をなさらないでください。殿下は王族として正しい行いをしていると思います。
ただ、私も錬金術師として正しい行いをしたいだけです」
悔恨の念に駆られているシオン王子に、私はなるべく平静を装って微笑みかける。
彼が悔しがっているのは、有能な錬金術師という駒を手放すことになるからなのだろうか。親しい友人を失くすことを惜しんでくれているのなら、きっとこの上ない喜びなのだが。
嗚呼、私たちはどこで間違えたのだろう。あなたが王族でなかったら、私が錬金術師でなかったら友人のままでいられたのだろうか。
私が賢者の石を作らなければ──そんな考えが刹那的に湧いたが、すぐに私は否定する。あれは私の傑作であり、かわいい子供のようなものだ。
例え巷で流行している大衆小説のように回帰して人生をやり直すことができたとしても、私はもう一度賢者の石をこの世に生み出すだろう。
私たちはどちらも間違えてなどいない。ただ、出会うべきではなかっただけ。それでも。
「私は、あなたと出会えて幸せでした」
あなたと出会えて、私は人生で初めて感電してしまったような秘密の恋をすることができた。
丸一日誰かのことで頭がいっぱいになるなんて、今までの人生では研究以外に向けられたことのない感情で。
心が痺れてしまったように苦しくてどうにもならないのがもどかしくて、とても幸せな痛みだった。
項垂れるシオン王子に、私の呟きは届いただろうか。
騎士たちに拘束されて連行される私はもう彼の表情を覗き見ることすらできない。
地下牢へ向かって歩きながら、こんなことになるのならやはり身支度をしてから殿下に手紙を飛ばすべきだったなぁと私は他人事のように考えていた。