83 最期にして至上の時
カガチの掘り下げがもう少しだけ続きます。
時は約百年前、場所は日輪の国の近くにある鬼ヶ島と呼ばれた島。
もうこれ以上早くなれないほど激しい鼓動に、心臓が悲鳴を上げているのがわかる。拙者は血だらけで倒れている二足歩行の牛に近づいて、何度も引き金を引いた。
もう死んでいるはずだ。わかってはいるけれど、倒したはずのラスボスが起き上がるなんて日常茶飯事だし、念には念を入れる。
やったか?なんて絶対口にしない。フラグになるとわかっているから。
数分間経った後、息絶えて物言わぬ骸となった鬼の魔王の身体を何度も何度も確認して動かないことを確認する。
本当に自分が倒したんだ。剣も魔法も使えないこの自分が!背中に突き刺さる同行者の視線を浴びながら、拙者はこの不条理な世界にざまぁみろと心の中で叫んだ。
勇者の肉壁役として無理やり連れてこられた奴隷たちを除けば、同行者は二人だ。
一人は日輪の国のお姫様。黒髪黒目に雪のように白い肌をしていて、どう見ても戦闘向きではないが王族として勇者の監視を名乗り出た可憐な少女。
もう一人はそのお姫様の護衛の騎士で、長い黒髪を一つに括った騎士というより武士といった方が良さそうな男だ。こいつも顔がいい、至って平凡な自分と違って。
お姫様が自分の監視を名乗り出た時、もしかして異世界あるあるで拙者に一目惚れないし興味を持ってしまったのかな?と図々しくも思ってしまった。
数多くのアニメやラノベでは、平凡な主人公がなぜかハーレムを築くことも多かったからだ。
だから、拙者は三次元に興味ないから言い寄られたらどうしようかな、なんてへらへら考えていたこともあった。
後に、姫は騎士の男と身分違いの恋をしていて関係を認めてもらうために武勲を上げたかっただけなのだと聞いて意気消沈したのだが。べ、別に悔しくなんてないんだからねっ。
それより、これでやっと地獄のような日々から解放される。もう血の滲むような思いで使えもしない剣の練習をしたり、目の前で何も出来ない自分の代わりに奴隷たちが死んでゆくのを眺めたりしなくていいのだ。
魔王を倒せば元の世界に帰してくれると言っていたのはあまり信じていないが、帰れるのならもちろん帰りたい。
普通の家庭に育ったのでそれなりには家が恋しいし、何よりこちらの世界にはアニメもゲームもない。
たとえ元の世界に帰れずとも、これからは穏やかな日々を過ごしたい。携帯食料じゃなくて温かいご飯を毎日食べたいし、こちらで暮らすなら錬丹術を本格的に勉強してもっと魔道具の研究をしたい。
まだ広めていない料理のレシピを書いて料理店を開いてもいいかもしれない。身体がジャンクフードを欲しているので、ハンバーガー屋かラーメン屋がいい。
これからの輝く未来に思いを馳せていると、突然背中に痛みが走った。胸を貫通している剣を見て、あっこれ刺されてるなと思った。
ゆっくりと後ろを振り返ると、苦い顔をした騎士の男が剣で心臓を貫き、その後ろで姫が気丈にも涙を堪えてこちらを見据えているのが目に入る。
「申し訳ありません、魔王討伐を私たちの手柄にするにはこうするしかないのです。どの道、あなたは国へ帰っても処分される予定でした。あなたは、魔王との戦いで討死したと報告させていただきます……魔王を討伐していただき、日輪の国を代表して感謝いたします」
深々と最敬礼をする姫のつむじを見ながら、この世の無常を実感する。
あぁ、主人公になれないだけでなく平凡な暮らしをしながら生きていくことすら許されないのか。
手足が痺れ、臓物を焼かれるような感覚の後に喀血したので刃に毒を塗られていたことを悟る。
魔王に使うつもりだったのか元より勇者の後始末用だったのかは定かではないが、用意周到なことだ。
一年近く共に旅をして、まぁ仲良しとまではいかないまでもそれなりの関係を築いていたと思っていた同行者にこうして裏切られるなんて。
あまりの理不尽さに、拙者は怒りに飲まれ――ることはなかった。
人生こんなものか、と思った。別に、最初からわかっていたことでもある。あのクソみたいな国が勇者召喚の真実を知る拙者を生かすはずはないのだ。
だから、これでよかったのかもしれない。拙者の活躍が二人の恋路を支えて、かつての仲間が幸せに暮らして、たまに自分のことを思い出して感謝をしてくれるならばこの人生は充分――
なわけあるか。ちくしょう。怒りは湧いてこないけれど、悔いは山のようにある。
あのアニメの最終回はどうなったんだ?あのスポ根漫画はきっとインターハイ行ってライバル校と決勝で戦って……って流れなのは見なくてもわかるが、あの作者の画力で実際に見たかったのに。
子どもの頃から大好きなゲームシリーズの新作も出るらしいという噂があった。だから公式発表を心待ちにしていたのに。
もし本当に新作が出るならキャラデザはいつもの人だろうか。あの人の描くお姉さんキャラは色気よりも母性が全面に出てて個人的にものすごくツボなんだ。
作りかけのドラゴムーンの模型も完成させたかった。サフを吹いて乾燥させてエアブラシで塗装して、さぁいよいよ組み立ての段階だった。
今回の白竜は最終回の黒竜戦をイメージしたウェザリングをするつもりだったんだ。絶対かっこよくなったはずだ。
もしこの世界から帰れないのなら、錬丹術で実物大白竜を作ることもできたかもしれないのに。うわ何それ絶対やりたいやつ!
そんなことを考えながら、意識は遠のいていった。そのまま死ぬのだとわかっていたが、死そのものよりもオタ活をできなくなるのが何よりも怖かった。
だからだろうか。拙者が次に目を覚ますと、胸の傷はふさがり代わりに心臓の辺りに魔力が集まっているような違和感があった。額には角が生えていた。
拙者は鬼の魔王の死体の上に倒れこんだようだが、鬼の魔王の身体には大きな穴が開いて魔石がなくなっていた。
鬼ヶ島は焦土と化していた。消し炭になったのか逃げたのか、あの二人も奴隷たちもいなかった。
大きな感情に揺さぶられ、魔力が限界まで高まった時に命を落とすと魔王として蘇る。
そう。こうして拙者は、萌えの力で魔王になったというわけでござる。




