80 秘密
かなり削ったのに長くなりました。だいたいカガチのせい。
温かいお茶を口に含むと、こんがらがった頭が少し落ち着いた。今日の茶葉はカガチが持参した焙じ茶という水木の国のお茶なのだが、香りがとても芳ばしい。
茶菓子の塩豆大福との相性もいいので、どちらも今度個人的に購入しよう。そう思いつつ、私はカガチへと向き直る。
「それで、ガランたちに内緒にしたい話はもう終わりかしら」
「ゲホッ……な、なぜそのようなことを?」
講義の間はいつも素直に茶菓子と一緒に隣の部屋で待機しているアネモネが今日は強引にガランを連れて出て行ったこと、カガチがそれを後押しするような発言をしていたことから一連の流れはカガチの企みではないかと思ったこと、ということは私と二人で話したいことがあるのではないかと気付いたことを伝えると、カガチはがっくりと項垂れた。
「まぁはい、図星ですな。ですが内密に話したかったのは先ほどの話ではなくてですね、いや拙者の読みが外れたせいでミオ氏の心を曇らせてしまった件についてはなるべくあの二人には聞かれたくなかったのも確かに事実ではありますが」
「それなら本題は何?」
アネモネに連れられて外出したガランが、いつ痺れを切らして戻ってくるかわからない。
なるべく早く本題に入った方がいいのではと思っていると、カガチは徐にテーブルの上に手のひらサイズの魔道具を置いて顔を近付けてきた。
おそらく盗聴防止の魔道具で、範囲に限りがあるのだろう。何の素材を使っているのか、範囲はどれくらいなのか気になるところではあるが今はカガチの話に集中するため顔を寄せる。
「ミオ氏は、魔王の力についてどれくらいご存知で?」
魔王の力については、ガランに何度か詳しく教えてもらった。
人間や動物は体内に魔石がないので魔力をあまり溜められない。魔物は体内に魔石を持っているので魔力を溜めることができる。
魔王の頭に生えている光る角は魔石と同じような性質なので、魔王は魔物よりさらに魔力を溜められる。
だから魔王は、他の魔物より格段に強いのだと。
「やはりその程度の認識でしたか。いえ……ここだけの話、魔王の力の本質は単に魔力量に限ったことではないのでありますよ」
ガランにされた説明をそのままカガチへと伝えると、彼はニヤリと笑みを浮かべながらテーブルの上に卵を一つ置いた。どこから取り出したのだろう。
「ミオ氏、この卵を使って魔法で目玉焼きを焼くことはできます?」
「鉄板があればできると思うけれど……」
火魔法の火力を調整すれば可能なはずだ。もちろん、魔道具のコンロを使った方が楽ではあるが。
どういう意図で質問したのだろうかと怪訝に思っていると、カガチが徐に卵を両手で包み込む。そして次の瞬間。
「えっ、うそ」
空の小皿の上で手を広げたかと思えば、出来立ての目玉焼きが姿を現した。
真っ白な白身の上に、ちょうど良い硬さの黄身が乗っている素晴らしい焼き加減だ。
「これが魔王の力です」
カガチの手には中身の入っていない卵の殻が、刃物で切ったようにきれいに割れた状態で乗せられていた。
確かにすごいが、これが魔王の力だと言われても具体的にはどういう能力なのかさっぱりわからない。
混乱していると、カガチがさもありなんといった様子で説明をはじめる。
「この世界の魔法って四大元素を元にした物しか存在しないですよね?」
「えぇ。以前ダチュラにも聞かれたけれど、四大元素以外の光や闇の魔法は存在しないし治癒魔法もこの世界には存在しないわ。そんな魔法があったらもはや魔法というより奇跡ね」
「そう、魔王の力は奇跡の力なのであります」
つまり、魔王は四大元素以外の魔法も使えるということだろうか。カガチが卵をもう一つ差し出してきたので、試しに私も手のひらで包んでみる。
先ほどカガチが作り出した目玉焼きを想像して魔力を練り、卵を包み込んでしばらくしてから手のひらを開いてみたが、卵の状態は一切変わらぬままだった。
「できないのだけれど……」
「やはり拙者にしかできないようですなぁ。騙すような形になってしまい申し訳ない」
どうやらカガチは、私に同じことはできないと知っていながら試させたらしい。
事前に説明してくれればいいものをやり方が些か意地悪ではないかとむくれると、慌てたカガチがしきりに頭を下げる。
相変わらず随分と腰の低い魔王である。
「ミオ氏が、自分にもできると思い込むことが条件だったので……魔王の力は、自分が可能だと思ったことを実行する力なのでありますよ」
カガチの話によると、彼は元の世界で読んだ様々な創作物の影響でダチュラ同様に錬金術や魔法に対して偏った知識があるらしい。
例えば、錬金術は材料さえ揃えば本来必要な工程を経ずとも完成品を生み出せるもの。それが当然の原理であるという感覚があるおかげで、生卵を目玉焼きに変換することができるようだ。
錬金術を基礎から学んだ私からするとどういう発想でそうなるのかはわからないが、異世界の常識ではそういうものなのだという。
ちなみに、カガチが発明したどこでもゲートも魔王の力で作ったもので、同じ材料を使ったとしてもおそらく私には作ることができないそうだ。そして驚くことに、それは私の作った賢者の石も同様らしい。
「賢者の石の作成方法については深くは知りませんが、国民の数だけ量産できたのなら特別な素材はあまり使っていないのですよね?おそらくあれは、賢者の石を使えば人が蘇るに違いないとミオ氏が信じた、あるいは願ったおかげで魔王の力によって効果を発揮したのだと思われます」
そう言われると、心当たりがないわけではない。私が一番最初に賢者の石を使って蘇生をしたのはシオンだった。
シオンが安らかに眠れるようにと祈ったけれど、彼の命を奪ってしまった罪悪感と彼を失いたくない気持ちによって、生き返ってほしいと無意識に願ってしまったのかもしれない。
カガチの話によれば表面上だけ可能だと信じても魔王の力は適用されないようなので、不完全な願いによってシオンたちは人としてではなく魔物として蘇ったのだろうか。
そう考えると、今まで謎だった様々なことが腑に落ちる。しかし、だからこそ解せないこともある。
「カガチが魔王の能力についてガランたちに聞かれたくないのは、彼らと万が一戦うことになった時の唯一の対抗策だからよね?なぜ私には話してくれたのかしら」
魔王は魔物より魔力が多いとはいえ、種族や生きた年月による魔王同士の魔力量の格差は大きい。私やカガチは魔王になる前は人間だったので、魔力量が増えたといっても竜族や悪魔には到底及ばない。
今でこそ友好関係を保てているものの、ガランやアネモネに敵意を向けられれば勝ち目はないのだ。
だからこそ、この情報はカガチにとって優位性を保てる数少ない手段だったはずだ。
それをなぜ私にだけ教えてくれたのだろうと不思議に思っていると、カガチは鈍色の瞳を三日月のように細めた。
「ズバリ、賢者の石ですよ」
この情報と交換に、賢者の石のレシピが知りたいと言うことだろうか。
しかし今の話だと賢者の石の蘇生効果は私の能力によるものらしいので、カガチが製法を聞いたところで同じ効果は得られないはずだ。
困惑していると、カガチは冷めてしまった焙じ茶を流し込みながら言葉を続ける。
「魔王の能力については、拙者が試行錯誤しているうちに気付いた事実ですので細部までは把握しきれていないのであります。賢者の石を生み出したミオ氏の助力があれば、さらに真髄へ近付けるのではないかと」
なるほど、錬金術と練丹術の知識を合わせれば魔王の力をさらに引き出すことが出来るかもしれないと考えての行動だったらしい。
それならば納得は出来るが、もし私が知識を悪用したらどうするつもりだったのか。
不用心が過ぎるのではと訝しがっていると、カガチがくつくつと笑い出す。
「戦争を起こさない魔道具を発明してしまうような、お人好しの錬金術師ならば悪用しないだろうと信頼した上でお話しただけでありますよ」
カガチの言葉を聞いて、私の顔がみるみるうちに熱くなる。
賢者の石については、他の魔王に必要最低限の話をしたものの発明するに至った事情までは話していない。
にも関わらず、カガチが私のプライベートを知っているということは。
「ユッカ王国の頃から城に烏を配置していたので、お人好しの錬金術師殿のことは知っていたのでござるよ。いやぁ戦争を止める魔道具を生み出すなんてミオ氏は本当に……」
「ちょっとダチュラを呼んで説教してもらうわね」
「調子に乗ってすみませんでしたぁ!」
床に平伏して謝るくらいなら最初から揶揄わなければいいものを。
まさかカガチが他にも秘密を知ってはいないだろうかと心配しつつ、揶揄うくらい親しみを抱いてくれていることを喜ぶべきだろうかと私は苦笑するのだった。




