79 LOVE&PEACE
第三章が始まります。よろしくお願い致します。
恒例行事となった、魔王たちによるユーカリプタスでの日替わり講義。本日はカガチによる世界情勢についての講義の日だ。
魔王に会うのだからと講義の時はなるべくフォーマルな服を着ていたのだが、ガランは服に頓着がないようだし、ダチュラに着せ替え人形にされているアネモネは常に丈の短いドレスだし、カガチに至ってはスウェットと呼ばれるらしい寝巻きのような服で訪れてはダチュラに怒られて着替えさせられているしで、最近は好きな服を着るようにしていた。
今日は秋らしいワインレッドをベースにしたスエード生地のパンツドレスで、窮屈すぎずラフすぎないちょうど良いデザインだ。
カガチはあまりに適当な服で来るとダチュラに着せ替えられた挙句に化粧までされるとようやく学んだのか、今日は黒いハイネックのインナーとスキニーパンツに着流しと呼ばれる水木の国の服を羽織っている。
髪型のセットだけは自分ではできなかったのか、ダチュラが結ってくれたようだ。金細工の簪の先で揺れているのは、鬼灯という東方の植物を模した物らしい。
「ミオ氏は世界征服って興味あります?」
他国の情報に疎いせいかカガチの講義には参加することが多いガランだったが、今日はアネモネに強引に城下町へと連れ出されて行った。
よって、珍しく私とカガチの二人きり。そして開口一番にこの台詞である。
穏やかではない質問をされて戸惑ったものの、ガランたちがいないうちに話したいことがあるのかもしれないと察した私は素直に自分の気持ちを述べる。
「全く興味がないわね。今はユーカリプタスを安定させることに注力しなければいけないし、仮にこの先国が安定したとしても他の国に手を出そうとは思わないわ。ガランという脅威がいなかったとしても」
「そうですなぁ。正直ひとつの国を統治するのすら面倒なのに、世界制服なんてしたら趣味に費やす時間がなくなってしまいますぞ」
可能不可能よりも、真っ先に心配するのが趣味への時間の確保な辺りがカガチらしい。
実力だけを考えれば一番世界征服できそうな立場にあるのはガランだが、千年もその気がなかったのだからおそらくこれからも手をつけることはないだろう。
アネモネも世界よりもガランの心を手に入れるのに忙しくてそれどころではなさそうだ。
「しかし人間の中では魔王といえば世界征服を企む悪、というイメージが拭えないのでしょうなぁ。先日、モンステラ王国で開かれた会議で魔王対策として四国同盟が締結されまして」
「えぇっ!」
カガチの口からさらりと告げられた報せを聞いて、私は思わず青ざめる。モンステラが動きを見せることはしばらくないはずだとカガチが言っていたのに、これはどういうことだろう。
私が無意識に非難の視線を送ってしまっていたのか、カガチは居心地が悪そうに視線を逸らす。
「拙者としてはモンステラと日輪の国はともかく、仲の悪いことで有名なエルフとドワーフが手を組むとは考えられないので人間側が四国同盟を結ぶことは到底あり得ないと思っていたのでありますが……どういうわけか、エルフの代表が積極的に賛成を表明して両者が一時的に和解したようでして。読みが外れてしまい申し訳ないでござる」
エルフとドワーフの仲が悪いことは周知の事実なのでカガチの予想が外れたのも無理はない。
それにしても、プライドが高いことで有名なエルフが尽力してまで同盟を結ぼうとしたのはなぜだろう。
アネモネに脅威を覚えてのことだという理由は一見納得できるが、ブランダ王国は今まで三百年間も動きを見せなかったのだ。
彼女は私と仲良くなってからは毎日のようにユーカリプタスへ遊びに来ていて、他国にちょっかいをかける暇などなくなっているので余計に不自然だ。
「こんなことならミオ氏に提案された時に我々も同盟を結んで、早々に公表してしまえばよかったですなぁ。今さら同盟を結んでも二番煎じ感が強くて牽制にならないですし」
カガチが歯痒そうにしているのを見て、やはりあの時の私の判断は間違っていなかったのだと安堵する。
彼は保身のために同盟を断ったことを悔いているようだが、彼一人が同盟を後押ししたところでガランとアネモネの気が変わったとは到底思えないのでどの道結果は同じだっただろう。
それはつまりカガチが二人に軽んじられているということなので、とても口には出せないが。
「とはいえ。四国に囲まれたユーカリプタス魔王国としては気が気じゃないとは思いますが、我々にはどこでもゲートがありますので万が一この国を人間が攻めてくることがあればすぐに助太刀に参りますし、そこまで心配することではないでござろう」
鼻高々に薄い胸板を叩くカガチの頼もしい言葉を聞いて、私の不安は無事に霧散――することはなかった。
確かに、ゲートの存在を知らない人間たちが打倒魔王として真っ先に攻めるとすれば、四国に囲まれているユーカリプタスだろう。
その際にガランたちに助けを求めれば、おそらく応じてくれるだろうという信頼関係は築けている。
人間側が徒党を組んでどんな策を用意してきたとしても、竜の魔王という圧倒的な戦力の前では地を這う虫も同然に違いない。
にも関わらず、胸騒ぎがするのはなぜなのだろう。いったい、何を見落としているのだろうか。
私は漠然とした不安を胸に、まとまらない頭をぐるぐると回し続けることしかできなかった。




