77 閑話 グレープジュース
コリウス視点です。
魔法は火・風・土・水の四大元素が元になっている。そして、精霊は四大元素を司るサラマンダー・シルフ・ノーム・ウンディーネと呼ばれる四大精霊がいて――シルフっていうのが僕のことだったっけ?いまいちピンとこないなぁ。
「感心だなコリウス、昨日のアネモネ様の講義を復習しているのか?」
ママたちが隣の部屋で講義をしている間、紙に書き殴られたミミズみたいな自分の字と睨めっこをしているとピオニーがグレープジュースを渡してくれた。
夏の間に飲んでいたレモネードも美味しかったけど、秋になって飲めるようになったグレープジュースも甘くて美味しい。
そう、アネモネお姉ちゃんがママに精霊の話を教えてくれる日は、特別に僕も一緒にお話を聞けることになった。だから昨日は、僕も一緒にお話を聞いたんだけど。
「うん、アネモネお姉ちゃんにお話を聞いても全然わからないから。でも僕に合わせてたらいつまで経ってもお話が進まなくなっちゃうし」
それならお話を聞きながら内容をメモして、後から見返せばいいってダチュラに教えてもらってそうしてるんだけど、後から見返してもあまり意味がわからない。
わかったことは、紙と鉛筆がとても便利だということくらいだ。
ダチュラに貰った紙は使い道のなくなった紙の裏紙だけど、昔貧しかった僕は紙を触ったことすらなかった。鉛筆はチョークと違って手が汚れないしとても書きやすい。
どっちもカガチお兄ちゃんが広めたものなんだって。異世界?ってすごいなぁ。
「魔法や精霊術は専門ではないが、アカデミーで落第しない程度には学んでいたから基礎的なことなら教えられるぞ」
「あら、それなら私も一緒に聞きたいですわ。淑女教育は受けましたけれど、魔法については独学でしか知らないんですの」
ダチュラが魔法についてよく知らないと聞いて、僕の頭の中ははてなでいっぱいになる。
カガチお兄ちゃんは魔法で色んなものを作ってるみたいだけど、異世界ってところで教えてもらったわけじゃないのかな。
「そういえば、異世界では魔法が存在しないとカガチ様が言っていたな。あちらでは魔法についての知識は得られなかったということか」
「魔法が存在しないというのはその通りなのですけれど、魔法の常識については偏った知識が植え付けられているので齟齬が発生することが多いんですの。四大元素の魔法しか存在しないと聞いた時は驚きましたわ。本当に物を浮かせる魔法とか引き寄せる魔法とか花畑を出す魔法とかかぼちゃを馬車に変える魔法とかないんですの?」
「かぼちゃを馬車に変える必要性はあるのか……?」
ダチュラのいた世界では魔法が使えなかったけど、なぜか魔法についての知識はあるみたい。しかもピオニーでも聞いたことのない魔法もたくさんあるらしい。不思議な世界だなぁ。
「なぜ魔法のない世界で具体的な魔法の偏った知識が蔓延しているのかは知らないが、魔法は基本的に四大元素のものしか使うことはできない。火魔法で爆発、風魔法で鎌鼬、土魔法でゴーレム、水魔法で氷を作るなどの応用は可能だが、物質を全く別の物へ変化させることは不可能だ。物を浮かせる魔法等は風魔法の応用で可能だが」
説明しながら、ピオニーが水魔法で氷を作って僕のグレープジュースに入れてくれた。作られたばかりの氷が、紫色のジュースの中でカランカランと音を立てる。
「僕風で浮かせるのやったことある!何となく浮くかなって思ったらできたんだけど、あれって風魔法のおーよーだったんだねぇ」
「そういうことだ。しかしコリウスは生まれ変わるまで魔法を一切使っていなかったはずなのに、すんなり応用ができるということは感覚型なのだろうな」
「かんかくがた?」
アネモネお姉ちゃんに教えてもらっていない言葉が出てきたけど、僕みたいにどういう仕組みかわかってなくても何となく魔法が使えちゃうのを感覚型っていうんだって。
ママやカガチお兄ちゃん、ピオニーはちゃんと勉強して魔法のことをちゃんとわかってから魔法を使う理論型っていうタイプで、ガランサスおじちゃんは僕と同じ感覚型でアネモネお姉ちゃんは両方らしい。
だから僕はあれこれ考えるよりも、とにかく練習してみるのが魔法を上達させるのに一番向いてるみたい。
「だからといって、基礎的な知識を疎かにしていいわけではない。アネモネ様のお話を聞いて、しっかり励むのだぞ」
「うん、わかった!」
ママもアネモネお姉ちゃんも難しいお話をしていてついていけなかったけど、ピオニーに教えてもらって少しわかった気がする。
これからもわからないことがあったらどんどん聞いていいんだって、ピオニーはクレマチスと違って優しいなぁ。
僕はお父さんに会ったことがないけど、ピオニーは何だかお父さんみたいだ。ピオニーがお父さんだったらいいのになぁ。
そういえば、僕のお父さんってどんな人だったんだろう。まぁ、もう会うこともないから気にしなくてもいいか。
今はピオニーが僕のパパってことにしよう!
ピオニーの毛むくじゃらで大きな手に撫でられながら、僕は心の中でそう決めたのだった。




