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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第二章 四国同盟編
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76 閑話 愛の夢

ダチュラ視点です。

 久しぶりにあの日の夢を見た。愛を誓い合った人が消えてゆく夢。


 異世界転生物の主人公たちは、皆幸せな恋愛をしていた。

 後妻と連れ子の血の繋がらない家族に虐げられていた毎日の中、身分を隠した王子に見初められたり。冷酷だと恐れられている公爵家の養子になって義兄弟から溺愛されたり。今まで無能だと罵られていたのに、ある日突然眠っていた力が開花して逆ハーレム状態になったり。

 だから私も、いつの日かそんな日が来るだろうと信じて過酷な日々を過ごしていた。義母や義姉にいじめられても、父がそれを見て見ぬふりをしていても、いつか私を無条件に愛してくれる男が現れて、私の能力が認められるのだと。

 そうすればざまぁできるはずだと疑わなかった。だから私は、暗黒の日々の中に現れた一筋の光を頼ってしまった。


「愛しているよ」


 人生で初めてかけられたそんな陳腐な言葉に踊らされてしまった。

 でも彼は身分を隠した王子でも公爵家の人間でもなく、義姉に雇われたただの下賤な男だった。

 そしてその男は、私が家族の目を盗んで貯めていたお金を持ち逃げして消えた。彼を信用していたから、金庫の開け方を教えてしまっていた。

 私は異世界転生したけれど、異世界転生恋愛物の小説の主人公にはなれなかったのだ。それならば――


 

「異世界転生スローライフ物の主人公になればよろしいのでは?と考えたわけですの」


「そこで絶望しないのがダチュラ氏ですなぁ」


 お母様が魔王全員と交流を深めて以来、魔王の講義は日替わりで講師を変えることになった。

 今日はアネモネ様による悪魔や精霊についての講義の日で、お母様と講師以外の魔王の参加は任意なので不参加を決めて手持無沙汰となったカガチ様の話し相手を同郷である私が務めている。

 転生して以来紅茶やハーブティーを飲むことが多いのだが、カガチ様がコーヒー派なのでそれに合わせて久しぶりにカフェオレを口にする。

 ちなみに、クレマチスとピオニーは城下町へ散策に出かけたガランサス様の護衛兼お目付け役として付いて行くことになった。

 

「まぁしかし、拙者もこの世界に転移した時は異世界トリップ物キター!とテンションが上がったのでよくわかりますなぁ。てっきり自分がチート的な能力をバンバン使って魔王を倒して、美少女に好かれまくるハーレムな未来が待っていると思っていたのに……実際に待っていたのは何の能力も使えず生きるか死ぬかの瀬戸際だったのでトホホでしたぞ」

 

「それで異世界トリップ勇者物から異世界サバイバル物へジャンル変したのですわね」


「進路変更をジャンル変って表現するその感性、嫌いじゃないでござる」


 常日頃、私は会話の中でうっかり元の世界でしか通じない単語を使わないようになるべく心がけている。

 しかしカガチ様とは気兼ねなく話せるので、肩の力を抜くことができる。だからこそ、アネモネ様はあのようなことを口走ったのだと思うけれど。


「それにしても、アネモネたそがいきなり拙者とダチュラ氏をくっつけようとした時はぎょっとしましたぞ。根暗の拙者と根明のダチュラ氏は例え同クラにいても一言も話すことのない存在だというのに……」


「同ジャンルのオタク同士なら仲良くなれるという発想がそもそもの間違いなのですわ。場合によっては戦争が起きますし」


 そう、アニメ好きでもジャンルが違えば話が合わないし、同じアニメが好きだとしても同担拒否だったり推しカプがちがったり解釈が違ったりするとむしろ仲が悪くなる可能性もある。

 前世でも私がアニメを好きだとギャル仲間にバレた時、あいつと仲良くなれるんじゃないかとオタクのクラスメイトを宛がわれそうになったことがある。

 話してみるとそのクラスメイトは同性愛に対する差別がひどくて、女でアニメが好きだということは腐女子なのだろうと一方的に決めつけられ、薔薇でも百合でも雑食派だった私とは相容れずかなり激しい言い争いになって終わった。

 そのことをカガチ様に笑い話として話すと、彼は呆れたようにため息を吐く。


「自分以外の人がどういう楽しみ方をしていようが、自分に害がないのなら放っておけばよいのにその男も愚かですなぁ」


 まったくもってその通りなので、私は少しカガチ様を見直した。普段の言動が少年のように幼いので失念していたが、彼は私よりも百年ほど長く生きているのだから見た目よりは老成しているのかもしれない。


「元の世界にさほど未練はありませんが、こちらの世界には推しがいないのがネックでござるな……自分の手で生み出そうにも拙者絵心がからきしですし」


「あら。私はこちらの世界でも新しく推しを見つけましてよ」


「ほう、小説か何かですかな?拙者挿絵のない小説ではいまいち想像力が働かなくて、登場人物の顔がおぼろげにしか思い浮かべられないので……」


 もちろん、こちらの世界の小説も読みふけって推し作品をいくつも見つけている。しかし、どんなに優れた作品でも私の最推しには敵わない。


「ズバリ、私の最推しはお母様ですわ」


「ミオ氏が最推し?それはどういう……」


 ぽかんと口を開けたカガチ様は、お母様の魅力にまだ気付いていないらしい。それならば、布教するしかないじゃないか。それがオタクという生き物なのだから。


「お母様は、私のように異世界転生したわけでもあなたのように異世界トリップをしたわけでもない。クレマチスのように一途に誰かを愛し続けているわけでも、ピオニーのように高貴な血が流れているわけでもありません。魔王へと変じる程の辛い過去はありますけれど、それはどの魔王も同じこと。ガランサス様のように絶対的な力を持っているわけでも、アネモネ様のように愛らしい容姿をしているわけでもないですわ」


 そう、魔王ミオソティスは、他の魔族に比べると主人公らしい属性は持っていない。

 それでも、いや、だからこそ。


「彼は男性でありながら、今まで私が見たどのご令嬢よりも美しく、優雅な淑女ですわ。常に気品があり、誰に対しても優しく、時に厳しく接するお母様は、醜い感情を表に出すことが一切ない素晴らしい方ですの」


 コリウスがどんなに我儘を言っても、声を荒げることがない。クレマチスに粘着質な視線を送られても、やんわりと嗜めるだけで嫌な顔ひとつしない。

 生前あんなことをされたのに、シオンを許し、大切に扱っている。私を本当の娘のように慈しんでくれる。

 少しくらい取り乱して見せてくれてもいいのにと、こちらが寂しくなるくらい、お母様は完璧だ。


「あの優しい微笑みはまるで天使、いや女神ですわ!」


「それに関しては全面的に同意ですなぁ」


 お母様の優しさに何度も救われているカガチ様は、私の言葉に深く頷いてみせた。どうやら布教は成功したらしい。

 それならばと、彼の心が変わる前に私は畳みかける。


「ところでカガチ様にお願いがあるのですけれど……あなたの技術力で私の最推しであるお母様をフィギュア化してくださらない?」


「えっ、いやそれはさすがに肖像権の侵害になるのでご本人に許可をとらないと」


 駄目だった。布教の勢いに任せて丸め込めると思ったのに。

 お母様に許可をとろうとすればクレマチスにバレてしまうのでできれば内密にお願いしたいと頼むと、絶対に無理だと断固拒否されてしまった。

 妙なところで律儀な男だ。お母様の友人としては、その方が信頼はできるのだけど。


 私に造形美術のセンスがあれば、自分の手でお母様の美しさを表現できるのに。

 こちらの世界で最推しのフィギュアを手に入れるのは夢のまた夢になりそうだと、私はカフェオレと一緒に悔しさを飲み込むのだった。

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