75 閑話 ラブラブラブラ
アネモネ視点です。
今日も今日とて朝からミオの城へお邪魔したあたしは、同じく早めに来ているカガチと一緒に貴賓室のソファで横になる。
ここのソファはスプリングの強さが絶妙で、クッションも柔らかいから教会のベッドより寝心地が良くて最高。
ミオがあたしの国へ職人を派遣して教会を修繕してくれるって言ってたけど、修繕を待たずに最高級のベッドとソファを譲ってもらおうかしら。
カガチ相手ならともかく親友のミオからタダで貰うわけにはいかないし、代わりに何か珍しい素材と交換にした方がいいかもね。
それにしても暇だわ。ガランが来てくれればガランの美しい声に聞き惚れて彫刻のような顔を観察しているだけで無限に時が過ぎてゆくけど、ガランを待っているこの時間がとにかく暇。
どうやってこの時間を過ごそうかしらと悩んでいると、ダチュラがあたしのカップに紅茶のおかわりを注いでくれた。
砂糖か蜂蜜かジャムどれにするか聞かれたから、白桃のジャムを選ぶとあたし好みの量を入れてくれる。
ダチュラって、すごく気が利くのよね。まぁミオの臣下だとコリウス以外はだいたいそうなんだけど、ダチュラは気が利くだけじゃなくて立ち振る舞いがきれいなの。
淑女の魔王を名乗るだけあってミオの仕草や言葉がやっぱり一番優雅なんだけど、ダチュラもなかなかのものだわ。
怒った時とかたまにガサツな地が出る時があるけど、本当はお上品な性格じゃないのに優雅に振る舞えるのって逆にすごくない?
きっとモテるんだろうな、まぁあたしはガラン以外にモテる必要がないから別にいいんだけど。そうだ、いいことを思いついたわ。
「ダチュラって好きな人いるの?」
「え?私ですの?」
今までの私は友達らしい友達、特に女友達が全然いなかったから誰かと恋愛の話をすることがなかったけど、今なら話相手がいるじゃない。
それにダチュラみたいな女性なら、恋愛経験も豊富そうだしあたしが参考にできる話も聞けるかもしれないわ。そう思っての話題、だったのだけど。
「実は私の前回の恋愛が駆け落ちだったのですけれど、実際は義姉に雇われていた男に騙されただけだったという苦い経験がありますの。その時を最後に、もう恋愛はしておりませんわ」
「そ、そう……大変だったわね」
ミオに貸してもらった甘い恋愛小説のような話を期待してたあたしは、愛憎劇のように鮮烈な恋話が飛び出してきたのでたじろいでしまった。
正直その話も面白そうだし詳しく聞きたいところだけど、いくらあたしが悪魔でも数少ない友達に悲しい過去を話させるわけにはいかないわ。
「そうだわ、悲しい恋は新しい恋で上書きするといいって言うじゃない。誰かと恋をしてみるのもいいかもしれないわよ。例えばそうね……カガチとかどう?」
「は?」
ダチュラとカガチ、同じ異世界人同士だし趣味も合いそうだから意外といい組み合わせじゃないかしら。
けっこう真面目にそう思っての発言だったのだけど、ダチュラの声がまるで3日連続で付き纏った時のガランのように冷たくてあたしは凍りついてしまった。
「そんなに嫌だった?二人とも息ぴったりだしちょうどいいと思ったんだけど」
「では逆に聞きますけれど、アネモネ様もカガチ様と夫婦漫才のように息ぴったりですしアネモネ様がカガチ様と恋をしてみるのはいかがですの?」
「絶対に嫌」
自分でもびっくりするくらい冷たい声が咄嗟に出て、あたしはダチュラに申し訳なくなった。
あたしが嫌なんだからダチュラも嫌に決まってるわよね。ごめんダチュラ。
「あのですね、先程から黙って聞いていれば些か失礼なのでは?拙者にも選ぶ権利があるのですぞ!そもそも拙者には心に決めた嫁がおりますし」
「えっ、カガチったらいつの間に結婚してたの?」
カガチの口から嫁という言葉が出てきたので、あたしは狼狽する。
まさかカガチなんかに先を越されてしまうなんて。こんなやつと結婚する愚か者は誰なのよ。水木の国に住む亜人とか?顔が見てみたいものだわ。
「ふっ。よくぞ聞いてくれましたな……拙者の嫁!それはズバリドラゴムーンで主人公の幼なじみかつ紫龍のパイロットであるあの」
「アネモネ様。二次元にしか恋できない恋愛初心者は置いておきましょう」
ペラペラと呪文のような解説を口にするカガチと呆れた様子のダチュラを見て、あたしは何となく察した。
ダチュラが嚙み砕いて説明してくれたのだけど、カガチはアニメとかいう動く絵のお話に出てくる女の子のことが好きで、そういう人を嫁と表現する風潮があるらしい。ややこしいことだわ。
「途中で出てくるぽっと出の守られ系ヒロインより、主人公を陰から支えてるお姉さんキャラの幼なじみの方が魅力的なのです!紫髪というのもポイントが高いですなぁ、拙者好きになるキャラはお姉さん系の紫髪が多い傾向がありまして……ピンク髪はやはりろくな女がいないというのが個人的な見解でございますな」
「守られ系ヒロインよりつよつよ系ヒロインに魅力を感じるのは同意致しますわ。ヒロインがヒーローをお姫様抱っこしてしまうくらいが個人的には好ましいですわね」
「ちょっとカガチあんた、さっきあたしの髪色を馬鹿にした?」
ピンク髪は性格悪いとかどうとかぼやいているカガチを睨むと、カガチは慌てて縮こまる。
まぁ、髪がピンク色なのはこの身体の元の持ち主である聖女であってあたしではないから色を変えようと思えば変えられるんだけど、けっこうこの色気に入っているのよね。
「つまりカガチはお姉さんっぽい大人な女性がタイプってことよね?年齢は年下だけど性格的にはダチュラはぴったりじゃない」
「いやいやいやいや、ダチュラ氏はお姉さんというよりどう考えても姉御ですぞ!お姉さん属性にも派閥が色々あるので一括りにされるのは心外でござる。姉と言っても年上ならば良いというわけではなく母性のある癒し系という意味なので、年齢だけはBBAだけどどちらかというと妹属性のアネモネたそや姉御肌ではありますが母性のぼの字もないダチュラ氏は完全に対象外であります」
「カガチ様に好かれたいとは全く思いませんけれど、そこまではっきり拒絶されるのも腹が立ちますわね」
「年齢だけは何ですって?」
ちょっと睨んだだけで怯えるくらいなら最初から口を滑らせなければいいのに。カガチの分際で生意気なのよ。それにしても、カガチの好みのタイプなんて初めて聞いたわ。興味がなかったから当然といえば当然なんだけど。
できれば紫色の髪で、お姉さん系。さらに詳細を聞いてみれば、優しくて甘えさせてくれて褒め上手で母性溢れるお姉さん。そんな天使みたいな相手がいるわけないじゃない、絵の中の女の子を好きになるのも当たり前だわと納得をしかけた時だった。
「書類を片付けていたら遅くなってしまったわ、ごめんなさいね」
約束の時間より勝手に早く来ているのはこっちなのに、なぜかミオが謝りながら部屋へと入ってきた。
あたしが逆の立場なら絶対怒ると思うけど、ミオは一度も怒ったことがない。
優柔不断なのかと思ったけど、コリウスとクレマチスが喧嘩をしたりすると毎回しっかり怒るらしいので単に器が大きいんだと思う。
「聞いてくだされミオ氏、ダチュラ氏とアネモネたそが拙者をいじめるのでござる!」
「あらそれは大変ね。じゃあダチュラから詳しい話を聞いてみるわ」
「ごめんなさい拙者がデリカシーに欠けるクソ虫だっただけであります……」
カガチが保身のために嘘をついても、ミオは怒らない。ふふふと柔らかく笑って受け流しちゃうから、カガチはいつも調子に乗るのよね。
でもたぶんだけど、自分の家族を傷つけられるようなことがあれば本気で怒りそう。
ミオは性別こそ男性だけど、まるで皆のお母さんかお姉さんみたいな――
「あっ!」
気付いてはいけないことに気付いてしまったあたしは、思わず声をあげてしまった。
挙動不審すぎてミオに心配されてしまったので、スコーンにクロテッドクリームを塗り忘れちゃったと笑って誤魔化す。
好みのタイプと実際好きになるかは別問題だから……大丈夫よね?
そう自分に言い聞かせてみるけど、嫌な予感がざわざわと音を立てる。
ミオには、今度は素敵な人と幸せな恋をしてほしいの。ガラン以外で。
だからどうかこの予感は当たりませんようにと、あたしはひたすら心の中で祈ったのだった。




