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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第二章 四国同盟編
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73 閑話 Snow Drop

 スノードロップ魔王国は、氷竜である俺の魔力の影響で一年を通して氷に覆われている。対してユーカリプタス魔王国は一年中穏やかな気候だ。

 初めのうちは肌を撫でる柔らかな風に違和感があったものの、毎日のように訪れるたびにすっかり慣れてしまった。今ではむしろ、突き刺すような寒さの城へ帰ると温かな空気と賑やかな食卓が恋しくなるほどだ。

 城主であるミオは、どうやら俺がユーカリプタスの料理に魅了されているおかげで協力をしていると勘違いしているらしい。料理だけが魅力ならば、とっくの昔に料理長を拉致して連れ帰っているというのに。

 俺が楽しんでいるのは、俺がどのような料理を好むかとミオが悩み、俺のためにもてなしてくれることが新鮮だからなのだがどうやら本人は気付いていない。しかしわざわざ伝えるのも面白みに欠けるので、あえてそのままにしている。

 さて、新参者の魔王は今日はどのように俺を楽しませてくれるのだろうか。


「ガランサス様、お待ちしておりました」


 ユーカリプタス城に最近出来た発着場へ着くと、ミオの臣下である吸血鬼の男が迎えに来た。

 礼儀作法が丁寧なこの者か獅子の男が俺の応対をすることが多いのだが、この吸血鬼の男はたまにミオに恍惚とした視線を送っていることがあるので不愉快だ。ミオ本人が黙認しているようなので見逃しているが。


「ガランサス殿、お先にお邪魔していますぞ」


「おっそーい!ガランの分のマカロンなくなっちゃったわよ」


 貴賓室へ入ると、いつも通りの時間に着いたはずなのに既にソファでくつろいでいるアネモネとカガチに揃って出迎えられた。

 聞けばゲートが設置されていつでも来られるようになってから、アネモネは城にひとりでいるのが寂しくて度々朝から邪魔しに来ていて、カガチは水木の国の夏が猛暑だからと陽が高くなる前に避暑に来ているらしい。

 迷惑な連中だと呆れていると、芳しい香りがふわりと鼻腔を刺激する。振り返ると、マカロンを持った侍女を連れてミオが慌てて駆けつけてきたところだった。


「出迎えが遅くなってごめんなさいね、ガランの分のマカロンがなくなってしまったから取りに行っていたの」


 ミオに差し出された皿からマカロンを受け取り、香りを嗅いでみる。しかし、先ほど俺が反応した香りとはどうも違うようだ。

 俺が好ましいと思った、控えめな花のような香りの正体は何なのだろう。嗅覚に神経を集中させると、花に誘われる蝶のように足が吸い寄せられてゆく。


「ふむ。この香りはお前から漂っているのか」


「あの、ガラン……?」


 ミオに顔を近付けて改めて香りを嗅ぐと、甘すぎない花の香りが広がって心が安らいでゆく。

 後ろの蛇女はなぜ嬉しそうに顔を赤らめているのだろうと不思議に思っていると、口一杯にマカロンを頬張ったアネモネが俺とミオの間に身体を滑り込ませてきた。


「ミオの香水いい香りよね、でもあたしの香水もいい香りだと思わない?今日はバニラ系の香水にしたのよ!」


 ミオから漂ってきた花のような香りは香水によるものらしい。アネモネも同じく香水をつけているようだが、マカロンの香りと混じっているせいかよくわからない。

 そういえば、アネモネからはいつもチョコやらバニラやら甘ったるい匂いがしているとは思っていた。あれは菓子の食べ過ぎではなく香水によって付けられていたのか。


「アネモネたそは香水つけすぎでござるよ。ミオ氏のように動いた時にほんのり裾から香ったり、至近距離で話した時にふわっと香る程度がちょうど良い塩梅だと思いますぞ」


 アネモネにそう助言をするカガチの言葉に、俺はなぜだか引っ掛かりを覚える。この男、人嫌いなせいで俺やアネモネと話す時も距離をとっていたはずだが、いつミオと至近距離で話したのだろう。

 錬金術やら錬丹術やらの話を二人でしているうちに、いつの間にそこまで仲が深まっていたのか。


「うるさいわね、カガチはいつも線香臭いくせに!」


「線香とは心外でござるな!お香と言ってくだされお香と!」


 アネモネとカガチが剣呑な雰囲気になりかけていると、慌てたミオが仲裁に入る。


「カガチのお香は白檀の香りよね?水木の国のお店でも見たけれど、上品で素敵な香りだわ」


「さすがミオ氏、わかっておりますなぁ!元の世界では高級品だったのでござるよ」


「アネモネの香水はダチュラにもらったものよね?自分では香りが物足りないと思っても最初は説明書通りにつけてみたらいいと思うの。私も初心者の頃は加減がわからなくて苦労したわ」


「ミオもそうだったの?ふぅん、なら明日からは下半身につけてみるわね」


 和気藹々と盛り上がっている連中を見て、俺はなぜだか胃がムカムカしてきた。この気持ちは何なのだろう。

 ミオに初めて接触したのは俺だというのに。魔王の講義も、俺とミオがはじめたものなのに。最初はミオに興味がなかったはずのアネモネとカガチが、今はこうしてミオと親しげに話をしている。それが非常に、面白くない。

 この気持ちは何なのだろうと苛立っていると、話の中心にいたミオがくるりとこちらを振り返る。


「ガランは香水をつけていないわよね?苦手じゃなければプレゼントしてもいいかしら」


「俺に香水を?別に苦手ではないが」


 困惑しながらも頷くと、ミオが侍女に合図を送る。すると、侍女がどこからともなく白い箱を取り出した。


「いつも食べる物ばかり贈っているから、たまには違うものをあげたいと思って昨日のうちに選んでいたの。どうかしら」


 ミオに渡された白地に金色の箔押しが施された箱を開くと、シンプルな形の瓶に氷の結晶が彫刻された香水が入っていた。ラベルには、スノードロップと書いてある。

 俺の住む国であるスノードロップ魔王国と同じ名の花の香水のようで、侍女が香調がどうとかトップノートがどうとかつらつらと述べているがよくわからない。

 ミオがハンカチに香水を染み込ませたものを渡してくれたので嗅いでみると、複数の花の香りが繊細に重なった優しい香りがした。氷の結晶が彫刻されているが、冬の香りというよりも雪解けの温かな空気を彷彿とさせる。


「気に入った。ありがたく頂戴しよう」

 

 安心したようなミオの微笑みを見て、俺はひとつの事実に気付く。

 

 千年もの間、俺は魔王として退屈な時を過ごしていた。幾人もの魔王が生まれ、散ってゆくのを見た。人間をはじめとした様々な種族同士が争うのを見た。ドワーフたちが俺の目を盗んで竜を狩ろうとして、返り討ちに遭うのを見た。

 アネモネやカガチが魔王になった時は、それなりに日常が騒がしくはなった。だが、それだけだ。たとえ今日明日彼女たちが死んだとしても、少し残念だと思う程度で俺の心に波風は立たないだろう。

 しかし、ミオは違う。毎日共に過ごすにつれて、あいつはあまりにも俺の日常に溶け込んでしまった。

 もしミオが命を落としたら、涙こそ流しはしないだろうがまたつまらない日々に戻ることを惜しく思うだろう。つまり、先ほど俺が抱いた感情の正体は。


 そう、所有欲に違いない。

 俺は無意識にミオを自分の物だと過信していて、アネモネやカガチに奪われてしまうことを恐れたのだ。それならば、ミオが俺以外の人物と仲良くしていることに苛立つことの説明がつく。

 謎の感情の正体がわかり、溜飲が下がった俺は早速香水を服につける。ハンカチではなく身に纏っている服につけると、まるで春の風に包まれているかのようだ。


 スノードロップ魔王国の雪は解けることはない。だが、ミオは俺にとって雪を解かす春の風のような存在だ。

 はたして、どうすれば春の風を捕まえることができるのだろうかと。

 初めて湧いた所有欲という感情に、俺は頭を悩ませるのだった。

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