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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第二章 四国同盟編
73/110

72 怪物

 一年を通して乾燥し、日中は陽射しの下にいれば意識が朦朧とするほど暑く、夜に陽が隠れると凍えるほどに寒い。

 そんなモンステラ王国へ、私は今回初めて訪れた。観光ではなく、モンステラ王国の王太子夫妻から緊急会議に招集されたためだ。

 今まで国の重鎮たちが集まって会議を行う際は大陸の中心に位置するユッカ王国で執り行われていたが、ユッカ王国が先日滅んでしまったため、その件についての会議をモンステラで行うことになったのだ。

 煌びやかな円卓の中心に座しているのは、モンステラの国王でも王太子でもない。そこには、王太子妃であるアスタという金髪碧眼の女が座っていた。

  

「皆様、本日はお集まりいただきありがとう存じます。今回の議題はいうまでもなく旧ユッカ王国についてです。皆様、ユッカ王国が滅んだのはご存知でしょう。先日かの国に新しい魔王が誕生し、ユーカリプタス魔王国に名を改めたという情報を手に入れました」


 凛とした彼女の声が響いた後、会議室は騒然となった。


 私たちエルフの住むブランダ王国は、ずっと聖女の力で繁栄を築いていた。聖女とは誰よりも精霊に愛される特別な存在で、聖女が精霊の力を借りることで様々な利益を得られるのだ。

 しかし三百年前に魔王が聖女教団の大虐殺の末に聖女の身体を奪ってから、新しい聖女が生まれなくなってしまった。ブランダ王国に集まっていた精霊たちは散り散りになり、国は精霊の力をかつてのように当てにできなくなってしまったのだ。

 だから、ブランダ王国の者は皆悪魔の魔王を恨んでいる。そしてそれは、ブランダ王国だけではない。

 ドワーフたちの住むスノーフレーク王国は、北の山が竜の魔王に占拠されているおかげで採掘できる資源が少ない。技術者の国であるのに、魔王のせいでその力を充分に発揮できていないのだ。

 日輪の国は、人の魔王の手下である魔物が海にのさばっているせいで漁獲がままならないと聞く。貿易路も限られてしまっているので、魔王国が邪魔で仕方がないだろう。

 どの国も、魔王を畏れ、そして憎んでいる。だからこそ、新たな魔王の誕生というのは我らの心に巣食う怒りを刺激するのに充分な話題だった。


「魔王に怯え、機嫌を伺う日々はもう終わりにしましょう。私たちは力を合わせ、憎き魔王たちに立ち向かわねばなりません。よって、ここにモンステラ王国・ブランダ王国・スノーフレーク王国・日輪の国による四国同盟の締結をご提案致します」


 おそらく、この会議をアスタが仕切っているのはユッカ国が彼女の故郷だからだろう。隣に座っている王太子が彼女を気遣ってそっと肩を抱くと、アスタは無理に笑みを浮かべる。

 そんな彼女の様子に、どの国の代表者も胸打たれるはずだ。モンステラ側の人間たちも、辛いはずなのに毅然とした態度のアスタをいたわしげな眼差しで見つめている。彼女に絆されずとも、どの国も忌々しい魔王を消せるならばと同盟に積極的になるに違いない。

 反吐が出る茶番だ。しかし、私はこの茶番に乗るしかない。時折送られてくる彼女の鋭い視線を浴びながら、私は昨夜の出来事を思い返していた。



 

 重要な会議に遅れるわけにはいかないので、私は前日の夜にはモンステラに到着していた。宿に着いて荷解きをした後、初めて訪れたモンステラという国を知るために私は変装して城下町へと繰り出した。

 実際に自分の足で歩くと、書物や人伝では得られない情報が多く手に入る。かつてユッカ王国へ足を運んだ時も、お忍びで城下町を回って人々の暮らしをこの目で見たものだ。

 ユッカ王国の屋台は広場のみ出店を許可されていて夕方には撤収している店が多かった。それに比べてモンステラの屋台は川沿いにずらりと並び、夜になってもランタンを吊り下げて元気に声を張り上げて営業していた。

 どの店も香辛料をたっぷりと使っているらしく、離れていても刺激的な香りが鼻腔を刺激する。そして肉が貴重なのか、豆を使った料理ばかりだ。

 エルフには肉の代わりに豆を食す者も多いが、味付けは塩のみのシンプルな物が好まれる傾向にある。

 せっかくなのでブランダ王国では食べる機会のなさそうな味の濃いめの料理をいくつか選び、宿に持ち帰った。そして、温かいうちにと口へ運ぼうとした時だった。

 

「ブランダ王国の代表が護衛もつけずに散策した挙句に屋台の料理を食べるだなんて、意外ですね」


 背後から聞こえてきた声にぎょっとして、慌てて振り返ると一人の美女が笑顔で立っていた。

 確かに表立って護衛を引きつれることはしなかったが、外出する際は信頼できる護衛を影に潜ませていたし、この部屋の周りも見張らせているはずだ。

 それなのに、この女はどこから部屋へ入ってきたのだろう。刺客ならばすぐに護衛を、いや自分で魔法を放った方が早いかと悩んでいた刹那、彼女は優雅なカーテシーを披露する。ユッカ王国式の挨拶を見て、彼女の正体に思い当たった私は警戒を少し緩めた。


「私としてはモンステラ王国の王太子妃であるアスタ様が、夜分に男性の部屋に一人で訪れるのも意外ですよ」


「ふふ、我が国の護衛は優秀なのですよ」


 なるほど、私が街を散策した際に影を忍ばせていたように、彼女も今見えない場所に護衛を控えさせているらしい。もちろんたとえ護衛がいなくとも、彼女に指一本触れるつもりなどないのだが。


「それで、王太子妃様が私に何の御用でしょうか。せっかくのモンステラ自慢の料理が冷める前に済ませていただけると嬉しいのですが」


「ユッカ王国に新たな魔王が生まれました」


 できれば早く用件を済ませてほしいことを暗に伝えると、向こうもそのつもりだったのかいきなり本題へと入ってきた。

 新たな魔王の誕生。ユッカ王国が突然滅んだと聞いた時、誰もがその可能性を頭に浮かべただろう。自分たちの国がかつて魔王に脅かされた時のことを思い出し、怒りに震えたはずだ。

 だから驚きはそれほどない。新しい魔王は、放置しておけば魔物の軍勢を従えて手がつけられなくなってしまう。だからその前に排除しておきたい。

 今までも、魔王になりたての者を発見し次第どの国も全力で潰してきた。今畏れられている魔王たちは、その生き残りだ。

 だから今回の魔王も力をつける前に迅速に狩らねばならない。そのために協力を要請したいという話だろうか。


「新たな魔王は、既に魔物を従えてユッカ国をユーカリプタス魔王国と名を改めているようです」


 生まれたての魔王をどう屠ろうかと考えを巡らせていた私は、アスタの言葉に頭を抱える。魔物を従えるだけなら、ただ力が強い魔物にもできる。

 しかし、国名を改名までしているとなると、新しい魔王にそれなりの知能があることになる。東方のように元人間か、北方のドラゴンや我が国を脅かす悪魔の魔王のように元々知能の高い魔物だったのかは定かでないが面倒なことになった。


「王太子妃様は私に何をお望みで?」


 こうして秘密裏に接触をしてきたということは、明日の会議で便宜を図ってもらいたいことがあるのだろう。だが私に脅迫や甘い誘惑は効かないはずだ。

こういった取引によく使われる手管は王位簒奪を手伝ってやろうという甘言が多いが、私は生憎兄から王位を奪おうなどとは考えていない。

 兄を敬愛しているからなどではなく、王位につけば今日のように気軽に散策することができなくなるからだ。私は王を補助する立場として各国へ赴き様々な街を探索するのが好きだ。だから今の地位に満足している。

 そしてエルフは禁欲的な生活を送っているせいで色仕掛けに弱い者も多いが、私は外出するついでに適度に発散させているのでそちらも問題はない。家族の命を人質に取られるようなことも心配ない。なぜなら私は独身で兄弟は兄しかいないからだ。

 そんな私の協力を得るために、モンステラの王太子妃はどのようなカードを切るのだろう。お手並み拝見させてもらおうと彼女の次の言葉を待っていると、アスタの厚い唇が弧を描く。そして。


「十三年前、あなたがユッカ王国で蒔いた種を覚えていますか?」


 悪戯な風が吹き、私の被っていたフードが脱げて萌葱色の髪が顕になる。

 開け放たれた窓の外、星の煌めく夜空には鋭い三日月が嗤うように浮かんでいた。

これにて第二章終了になります。本編は第三章で終わる予定ですのであと少しお付き合いください。

来週からはしばらく閑話を更新します。

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