71 We are Lucky Friends
ついにこの日が来た。私は逸る鼓動を抑えながら深呼吸をする。
どこでもゲートが設置されてから数日間、たまり場と化した私の城で魔王についての講義を進めたり、昼食を共にして他の魔王と充分に親交を深められた、と思う。
魔王についての知識はまだまだ教わり足りないことばかりなのでしばらくはこの状況が続くだろうが、だからこそ私たちの関係を今はっきりさせるべきだと私は決意した。
「おっほ、今日のランチはピザでござるな。拙者やはりピザはシンプルイズベスト、マルゲリータこそ至高と思っておりますのでこのチョイスはなかなか……あ、こちらの世界ではマルゲリータとは呼ばないのでしたなぁ」
「あたしの好きなクワトロフォルマッジもあるじゃない!はちみつたっぷりかけちゃお。ガランはディアボラが好きなのよね?」
「あぁ。だがシーフードも捨てがたい」
彼らの好みの料理をそれぞれ用意するとあからさまに接待のようで不自然だったため、色んな味のものを用意できるピザを昼餐にした。
好評だったことに安堵しながら、まずは和気藹々と食べることにする。
お腹も膨れてデザートのソルベを食べつつ食後のコーヒーや紅茶を飲んで一息ついたところで、いよいよ私は本題に入る。
「ガラン、アネモネ、カガチ。今日はあなたたちにちょっとした提案があるの」
「提案?」
反応したガランの声は、怪訝そうではあるが今のところ怒気はない。
暴れだしそうな心臓の上にぶら下がるシオンを、私は心を落ち着かせるために優しく握る。
「えぇ。私たち、同盟を組めないかしら」
「同盟?」
次に反応したのはカガチだった。彼の鈍色の瞳からは、明らかに警戒の色が見てとれる。
焦ったらだめだ。必死にならないように。なるべく、何ともないような顔で提案しなければ。そう思うのに、緊張でどうしても声が震えそうになってしまう。
「えぇ。ユーカリプタスは人の国であるモンステラ王国、水木の国も人の国である日輪の国、スノードロップはドワーフの国スノーフレーク王国、シルベストリスはエルフの国ブランダ王国が近いでしょう?彼らは常に虎視眈々と魔王の失脚を狙っているはずだわ。私たちが同盟を組んでそれを公表すれば、彼らも迂闊には手を出せなくなると思うの」
アネモネはともかく、ガランとカガチはこの同盟で一番得をするのは四方を敵国に囲まれているユーカリプタスだとすぐに気付くだろう。
だから、同盟を組むことで彼らもメリットを得られると思わせなければならない。
「同盟と銘打つからには、もちろん私もあなたたちにトラブルが起きた時は協力するわ。カガチは人と話すのが苦手でしょう?日輪の国と交渉しなければならないようなことがあれば助けに行くし、ガランも魔物以外の文化には疎いと思うから人の世界の常識を教えるわ。アネモネには住んでいる教会の修繕のための職人を派遣しましょう。どうかしら?」
私の提案を聞いて、カガチとガランは眉間に皺を寄せる。一瞬怒らせたのかと焦ったが、考え込んでいるところを見ると悩んでいるようだ。
あと一押しすれば頷いてくれるかもしれない、そう希望を持った時だった。
「ふーん。ミオは同盟を組まなかったら、あたしがお願いしてもその職人を派遣してくれないの?」
「え?」
意外にも、最初に難色を示したのはアネモネだった。そして、私を真っすぐに見つめる真っ赤な瞳を見てまずい展開になったと悟る。
アネモネは単純だ。だからこそ、私は彼女を無意識に侮っていたのかもしれない。餌をぶら下げれば二つ返事で承知してくれるはずだと。
しかし、彼女が単純であるからこそ、彼女が一番厄介な存在だったと今さらながらに気付く。
「もちろん、同盟を承知してくれなくても派遣はするわ」
「なら、別に同盟なんて組んでも組まなくても一緒じゃない?あたしたち友達でしょ?」
組んでも組まなくても一緒ならば同盟を組んでくれ。それで避けられる面倒があるのだからと言いたいが、とても言えない。
人間同士の国でのやり取りならば多少の駆け引きをするべきなのだろうが、アネモネは私より強い。
だから、弱者である私は彼女に嫌だと突っぱねられれば引き下がることしかできないのだ。
「確かに、別に同盟を組まずとも互いに協力し合えば良いな」
「で、ですよねー!拙者もそう思っていたのでござるよ!あはは!」
入念に計画を立てていたというのに、アネモネの一言によって完全に流れが変わってしまった。
こうなってしまっては仕方がないので、素直に負けを認めて引き下がる他ない。
同盟を組むことで得られるメリットは魅力的だが、しつこく食い下がって魔王を敵に回すことの方がよほど恐ろしい。
先日のカガチの話によればモンステラにしばらく動きはなさそうだし、焦らずに信頼を積み重ねてまた折を見て改めて同盟に関して提案した方が良さそうだ。
「あのね、ミオ。あたしは別に、同盟を組むのが嫌ってわけじゃないのよ。ただ……」
なんだろう。いつもならどんな意見もはっきりきっぱり口にするアネモネが、まるでカガチのように口篭っている。
皆の前では言い難いことなのかもしれないと思い、席を立ってアネモネの側で屈むとアネモネは拗ねた子どものように口を尖らせた。
「あなたはあたしにとってその、初めて出来た友達だから……しばらくは利害関係なしの間柄を堪能したいっていうか……」
か、かわいすぎる。そのあまりのいじらしさを前にして、私は呼吸困難に陥りそうになった。
我儘で横暴だと噂されていた悪魔の魔王であるアネモネだって、一人の少女なのだ。彼女の生きた時間を考えるとその表現が正しいのかはわからないが、少なくとも今私の目の前にいる彼女は間違いなく普通の少女と言っていい。
国のことばかり考えてアネモネの気持ちに気付いてあげられなかった愚かな私は、彼女の小さくて柔らかい手をそっと包む。
「そんな風に言ってもらえて嬉しいわ、ありがとう。もちろん私も、同盟を組まなくてもアネモネのことは大事な友人だと思っているわ。今度またティーパーティーの時間も作りましょうね」
「おい。ミオの最初の友人は俺だろう」
「あらガランったら、ミオに嫉妬してるの?もちろんミオのことは大好きだけど、一番愛してるのはガランよ!」
「いや嫉妬してるの逆では……ヒィッ何でもないですすみません」
魔王になったばかりの頃は、私はひとりぼっちだった。それが一夜にして家族が増え、気の許せる友人もこんなに出来た。
あの絶望した夜からまだ季節ひとつ分しか経っていないのだから、何も焦ることはない。ゆっくり進めてゆけば良いのだと、私は呑気にもそう考えていた。
もし、この時に私がもう少し粘っていたならば。
あのような悲劇は、起きなかったのかもしれないのに。




