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淑女魔王とお呼びなさい  作者: 新道ほびっと
第二章 四国同盟編
71/110

70 赤いカラス

 かつては商人たちの馬車で賑わったであろう、ユーカリプタスへと続く今は人気のない街道で件の男たちは立ち往生をしていた。

 無理もない、これ以上進めば致死毒になりかねない量の魔素が空気中に溢れている。

 モンステラの斥候である彼らは、行けば死ぬ、しかし何も情報を持ち帰らなければ始末される。

 二つの選択肢どちらを選んでも死神が待ち受けているので、どうすればいいか考えあぐねているのだ。

 このまま放置するとおそらくどちらを選んだとしても勝手に死んでゆくに違いないが、そうなると情報を得られるまで再び何度も斥候が送られてくることになるだろう。

 その度に警戒するのも面倒なので、どうせならこちらが情報の主導権を握ってしまった方が扱いやすい。


「もし、そこの方々。モンステラからいらした旅人の方ですか?」


「ん?あぁ、そうだが……君は?」


 式神の姿を人型へと変えて褐色肌の男たちに話しかけると、突然現れた謎の少女相手に一瞬だけ肌を刺すような警戒した空気が流れた。

 未熟者め。姿を見られたことで始末するべきか悩んだ末に、まずは会話をして情報を得ようという結論に至ったのだろうがわかりやすすぎる。

 風貌も黒ずくめで旅人にしては身軽すぎる。いかにも僕たちは斥候ですと言わんばかりだし、日本の忍を見習ってほしいものだ。

 一般人に目撃されても平気なように商人や旅人に変装くらいしろ。


「私は日輪の国の出身の薬師です。各国を巡り修行の旅をしていたのですが、滞在していたユッカ国があのようなことになってしまったので命からがら逃げ出して途方に暮れていたところでございます」


「あのようなこととは?」


 愚か者、いきなり本題に入るやつがあるか。まずは警戒心を解くべきだろうに。相手が本当に少女だったらお前らの殺気でとっくに逃げ出しているぞ。

 あと後ろの下っ端っぽい奴、いくらこの式神が美少女だからといって値踏みするように眺めるな。きもすぎる。


「ご存知ないのですか?ユッカ国に魔王が生まれたのです。あの国は魔素が充満して人が暮らせなくなり、魔物が跋扈するようになってしまいました。国の名も、ユーカリプタス魔王国という名に変わったと聞いています」 


 魔王、という単語に男たちはざわりとわかりやすくどよめいた。

 うん?周辺を漂う魔素の量から新たな魔王が誕生したことくらいモンステラも予想できていそうだが。

 もしかするとこの斥候たちは、とりあえずどの程度まで人が近づけるのか確かめるための捨て駒で重要な情報は聞かされていないのかもしれない。質の低さにも納得だ。

 そうなると、おそらく会話は発信器兼盗聴器になっている魔道具を使って、リアルタイムであちらの重鎮に聴かれている可能性が高い。それならば。


「ユーカリプタス魔王国に生まれた魔王は、既に他の魔王とも親交を深めているようです。とても人間に敵う相手ではありません。ですから私は、一刻も早くここを離れようとしていたところなのです。あなたがたもお気を付けくださいませ」


「そうか。色々と教えてくれてありがとう、助かったよ」


  男たちに頭を下げて、くるりと後ろを向いた瞬間に背負っていた薬籠ごとばさりと斬られた。馬鹿な。目撃者の殺し方もお粗末すぎる。

 こんな開けた街道で始末をするな。斬り捨て御免ではなくもっと目立たない殺し方にしろ。今すぐ正座させて説教をしたい気持ちをぐっと堪えながら、式神に繋いでいた感覚を切断する。

 こうすれば、式神はぴくりとも動かない。元々心臓も動いていないので、相手は死んだと錯覚するはずだ。

 

 新たな魔王が他の魔王と既に懇意にしていることがわかれば、モンステラもしばらくはユーカリプタスへ手出しはしないだろう。

 モンステラから他の国へ情報が渡り、日輪の国も今以上に水木の国を警戒してくれればさらに良し。

 

 斬り捨てられた式神にもう一度感覚を繋いでみると、式神の近くの茂みに先程の斥候たちの遺体が転がっているのが見えた。

 恐らく、用済みになったので始末されたのだろう。口から泡を噴いて倒れているので、遠隔で作動できる毒か何かが仕込まれていたのではないだろうか。

 普通口封じといえばこういう殺し方だよなぁ、と絶命している斥候、いや捨て駒たちの最後を憐れみながら。

 烏に戻した式神を、水木の国へ向けて羽ばたかせたのだった。




「――ということなので、しばらくはモンステラは動かないと思いますぞ」


 ひと仕事終えてすっきりした顔をしているカガチだが、私は今起きた出来事が信じられずに固まっていた。

 モンステラの斥候の拙さに驚いているわけでも、カガチの有能さに感動しているわけでもない。

 カガチが流れを説明しながら見せてくれた光景。斬られた烏が持って帰ってきたという魔道具は、体験した出来事を映して見せてくれる魔道具だった。

 カガチとダチュラが当たり前のようにカメラと呼んでいるそれは、異世界では子どもでも使えるほど普及していた物らしい。

 

「この魔道具素晴らしいわね……!」


「あ、そっちです?いやぁ、拙者も欲を言えばカメラをこちらでもどんどん普及させて娯楽を増やしたいところなのですよ。ただ軍事用としてもあまりに有用なので、なかなか普及させるのも怖い代物でしてな」


 なるほど、私は職業柄軍事用としての使い方ばかり頭に浮かべてしまっていたが、確かに娯楽としても使えそうだ。

 大衆演劇を映像に残せば劇場へ足を運ばずとも楽しめるし、個人的な思い出を残すこともできる。

 ただやはりカガチの言うように、カメラの有無で戦での情報の正確さが段違いなので、敵国には絶対に渡したくない代物でもある。

 普及を進めるのはまだまだ先のことになりそうだ。


 それにしても、他国を牽制するために魔王同士の仲が良い情報を敢えて流すとは。

 やはり同盟を組むべきだという私の考えは間違っていなかったのだ、カガチも似たようなことを思いついたのだからと安堵する。

 そして私は、いよいよ彼らに話を切り出すべきなのかもしれないと、静かに決意を固めたのだった。

 

 

たぶん来週更新分で第二章が終わります。

その後はしばらく本編に直接関わりのない閑話をいくつか更新してから第三章に入りたいと思います。


脱字を修正しました。(2024.05.02)

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