68 綺麗な首飾り
昨晩カガチの語り口を根気強く聞いたおかげか、私にすっかり懐いてしまったカガチは今朝私たちが帰る準備をしていると、自分もついて行ってどこでもゲートを今すぐに設置したいと言い出した。
どこでもゲートを設置してしまえば、魔道具について語りたくなったらいつでも遊びに行けると考えてのことだったのだろうが、水木の国のグルメは堪能しつくしたので一刻も早く自国へ帰って寛ぎたいガランに定員オーバーだと跳ね除けられた。
肩を落とすカガチに、明日以降ならいつでも来ていいこと、暇な時はガランから受けている魔王の講義に同席してほしいことを告げると、目を輝かせて頷いていた。
アネモネは、カガチは人間や魔物と接するのが嫌いで城に引きこもっていると言っていたが、ただ面倒くさいだけで意外と寂しがり屋なのかもしれない。
「ただいま、遅くなってしまってごめんなさいね」
「ママ、おかえりなさい!」
私たちを乗せた竜車をユーカリプタスまで送ってくれたガランとそれを最後まで楽しそうに眺めていたアネモネが帰るのを見送った後、城へ戻ると少し不安げなコリウスと何やら疲れた表情のクレマチスが出迎えてくれた。
そういえば私が外泊したのは魔王になってから初めてのことだったので、色々と大変だったのだろう。
後で労ってやらねばと、城下町で購入した土産の団子と大福を差し出すと、美味しい物に目がないコリウスの表情が曇る。そして。
「あのね、ママ。シオンが死んじゃったの」
どうやら、私が想像していた以上のトラブルが城で起きていたようだった。
コリウスの口から飛び出した青天の霹靂に狼狽えた私は、ダチュラに顔色が悪いからと自室へ連れて行かれ、すぐに横になるように言われた。
何が起きたのか今すぐ確かめたい私の元に、クレマチスが望みの物を持ってやってくる。
彼が持ってきたのは、シオンがいつも寝る時に使っていたクッション。そしてその上には、シオンだったものが静かに乗せられていた。
「申し訳ありません、ミオソティス様。コリウスのやつの言葉が足らなさ過ぎていらぬ心労を……」
「だってクレマチスが死んでるみたいって言ったじゃん、僕悪くないもん!」
クレマチスに憤慨しているコリウスのふわふわした頭を撫でると、ごめんなさいと小さな声で気まずそうに謝られる。
そしてシオンだったものをクレマチスから受け取ると、私は膝の上に乗せて表面をそっと撫でた。
クッションの上に乗っていたものは、シオンをそのまま小さくしたような、紫色の宝玉のような物体だった。
シオンの繭化が進み、表面だけが石のようになっていた時は僅かに息をしていたが、今はぴくりとも動かない。
「ミオソティス様が毎晩寝る前にシオンへ声かけをして差し上げていたようなので、昨夜はミオソティス様が不在だということを伝えようと俺が代わりに尋ねたところ、既にこのような姿になっていて……」
変化に気付けず申し訳ないと謝られたが、無理もない。繭化が始まってからは、シオンは彼の部屋に寝かせて夜に私が確認していただけだったのだから。
むしろ、私が不在の間にクレマチスが様子を見に行ってくれていたことに私は感銘を受けた。
独占欲が強いクレマチスは、自分が嫌っているシオンに私が声かけをしていたことが気に入らなかっただろうに。
「シオンの様子を気にしてくれてありがとう、クレマチス。確かにこの状態は、死んだと勘違いしてしまっても仕方がないわね」
「じゃあ、シオンは死んでないの?」
私の言葉に反応したコリウスに、どう説明をしたものか悩む。
錬金術師だった時に多くの魔物の生態について目を通したが、どの魔物も普通の動物のように死ねば死体が残る。
もしシオンが死んでいるなら腐敗臭がするはずだが、近くで嗅いでみてもまったくの無臭だ。
昆虫の蛹の中期は中がドロドロの状態で身動きがとれなくなるので、おそらく今のシオンはそれと同じ状態なのではないだろうか。
「死んでいるかもしれないし、死んでいないかもしれない。もうしばらくは見守るしかないわね」
シオンの生態がよくわかっていない以上、死んでいないと断言して駄目だった時に悲しませるのも良くないので、嘘を吐かずにお茶を濁すことにする。
しかし、部屋に置いていたらトラブルが起きて手遅れになっていた、というような事態は防ぎたいので、シオンが今後どのように変化していくのか見守る必要性が出てきた。
城の目立つ場所に置いておくという手もあるが、今の大きさだと転がって紛失してしまう危険性もある。
それに、私が個人的に錬金術師として、また家族として彼の生態の変化に興味があるので蛹から出てくる瞬間に立ち会いたい。
となれば、選択肢はひとつだった。
「とりあえず、これでどうかしら」
「美しいですわ!そうしていると宝石にしか見えませんわね」
賢者の石を試作していた時に、最初は指輪じゃなくペンダント型にすることも視野に入れていた。
その際になるべく魔石を傷つけないように効果を確認できるように作ったのが、今付けている籠型ペンダントだ。
丸い籠型の金具に魔石を入れて金具を止めることで、魔石に穴を開けずにペンダントにできるので当時とても重宝した。
もっとも、指輪の方が常につけていられるのでペンダント型はお蔵入りになってしまったのだが、効果は指輪型とさほど変わらない。
その金具に、今のシオンの大きさがちょうどよくおさまった。
「しばらくはこうして肌身離さず身に着けておいて、シオンに変化が起きそうになったら籠から出してあげましょう」
「ママのそばならシオンも安心だね!」
「くっ、俺も蛹になることができれば……」
皆が喜ぶ中、何やら約一名不穏な発言をしていたような気がするが聞かなかったことにする。
首に下がった僅かな重みが、シオンがそこにいることを感じさせてくれて私は少しだけ安心する。
どうか彼にまた会えますようにと祈りながら石を触ると、シオンの中の紫色の光が星屑のようにきらきらと輝いていた。




