66 魔王をぶっ飛ばせ
あの後カガチに住宅街を見せられたが、その後に連れていかれた水晶宮が特に素晴らしかった。
海の底に沈んでいる宮殿なのだが、潜水艇と呼ばれるなぜか亀の形を模した船で海中へ潜って案内してもらった。
周りには庭園の代わりに美しい色鮮やかな珊瑚礁が生息していて、そこでは人魚と呼ばれるマーマンやマーメイドが暮らしていた。
彼らは奴隷だったわけではないが、人魚の肉を食べると不老不死になれると日輪の国で信じられているせいで数多くの仲間が犠牲になり、水木の国へ逃げ出したところ住むのにちょうどいい宮殿があったために国ごと移住して今ではカガチの傘下に入っているそうだ。
他にも白竜と呼ばれていた建築物を間近で見せてもらったり、ティータイムになると繁華街へ戻って茶屋で抹茶と甘味をいただいたり、天守の頂上から街の全景を見下ろしたりしているうちにすっかり日が暮れてしまった。
日が暮れてからの飛行は大変なので客間へ泊っていくといいとカガチに提案され、私たちはお言葉に甘えることにする。
クレマチスたちにはカガチの式神である烏に手紙を届けてもらうことになったので安心したが、それでも気を揉んでいるはずなので明朝土産を買って帰ろう。
晩餐は、すき焼きという鍋料理だった。食堂へ入ると、醤油と砂糖のかぐわしい香りが充満しており食欲を刺激される。
テーブルに乗せられた魔道具の上でぐつぐつと煮えたぎる鍋の中の薄切り肉を見て、ガランが好きそうな料理だ、と向かいを確認すると案の定蒼い瞳をギラギラと輝かせていた。
ピオニーから食べ方を教わりながら、溶き卵に恐る恐る潜らせた肉を口へ運ぶと、肉の旨味と脂の甘味が広がって幸せな気持ちになる。
なるほど、そのまま食べるとやや濃い目の味付けになっているが、溶き卵を纏わせることでちょうど良い塩梅になるらしい。
生卵が苦手なアネモネは白米と食べることで濃さを調整し、ガランは一味という香辛料をかけて食べている。食べ方によって色々な味を楽しめる料理のようだ。
「それにしても、水木の国は見事だったわ。あれを全て一人で作ったなんて、カガチは魔法が得意なのね。魔力が高いせいなのかしら」
魔道具や家具はともかく、城も家もカガチがその細い肉体を駆使して大工仕事をしたとは思えない。おそらく魔法を使ったのだろうと推測するのは自然なことだった。
木材の切断や組み立ては風魔法を使ったのだろうか。そう考えたのだが、カガチは不思議そうな顔をする。
「あれ?言ってませんでしたっけ。拙者魔力が高いどころか魔王になる前は魔法を使えなかったのござるよ。魔王になってからやっと人並みに魔法を使えるようになれたのですが」
「え?でも異世界から召喚された勇者は皆魔力が高いって聞いたけれど」
困惑しながらアネモネに助け舟を求めると、「知らない、あたしもそう聞いただけだから」と返されてしまった。どうやらアネモネも深くは知らないらしい。
「拙者たちのいた世界は、魔法の存在しない世界だったのであります。こちらの世界へ呼ばれれば自然と魔法が使えるようになる、というご都合展開は残念ながら起きませんでしたので……武道を学んでいたわけでもありませんし、正直に言うと勇者とは名ばかりで魔王討伐に拙者は足でまといだったのですよ」
「戦う力がなかったということ?それなのになぜ魔王討伐を任されたの?」
勇者召喚に関する歴史とカガチの言葉が噛み合わずに困惑していると、カガチが自嘲気味に口元を歪ませる。
「そもそも、例え膨大な魔力があっても人間がそう簡単に魔王を倒せると思います?無理ですよねぇ。ならばなぜ魔王討伐が行われるのかというと、国は魔王討伐に意欲的ですよと民にアピールするためなんですな。本当に討伐できるとは元々思っていないのですよ。だから魔王討伐のポーズはとらなければいけないけれど、自国の貴重な戦力をそこへ割きたくない。そこで異世界から召喚した勇者の出番なのです。後ろ盾もなく、元の世界へ帰るためには国に逆らうことも出来ず、魔王討伐に適しているというそれっぽい設定を作りやすい存在。つまり拙者たち異世界人は、死ぬために召喚されていたのです」
あまりに残酷な話に、胸がずきりと痛くなる。しかも、話によれば元の世界へ帰る方法は存在しないらしい。
にも関わらず、魔王を討伐すれば元の世界へ帰れるだろうと囁き、勇者たちはその言葉を疑いながらもそれに縋るしかなく必死に戦って命を落とす。
元の世界へ帰ることを諦めて戦いから逃げ出せば、監視役として同行している騎士に始末される。
日輪の国で、勇者たちは何人もそんな運命を繰り返していたらしい。
しかし、そうすると新たな疑問にぶつかる。
「戦闘能力がないのに、カガチはどうやって当時の魔王を倒したの?」
当時この島にいた鬼の魔王は、何人もの勇者を屠った強大な力を持っていたらしい。
そんな魔王に、魔法も剣も使えないカガチはどうやって勝ったのだろうか。
「確かに、拙者は魔法のない世界から来たせいで魔法が使えなかった。でも、使えるものが一つだけあったのですよ」
そう言ってカガチは、にやりと口元を歪ませたのだった。




