65 箱庭ロック・ショー
昼餐が終わり、氷漬けにされたカガチも無事に溶かしてもらえたので午後は城下町を案内してもらうことになった。
城主であるカガチは自分の国だというのに「行きたくないでござる!外に出たくないでござる!」と駄々を捏ねていたが、ガランとアネモネに凄まれると身震いさせながら渋々案内を応じてくれた。
城門には二体の人形が立っており、こちらも登録されていない人物が城へ入ろうとすると自動的に排除してくれる魔道具らしい。便利な物だ。
なお、城のあちこちに配置されているこのような警備用の人形は、全て美少女だった。屈強な男性のデザインの方が不届き者は減る気がするが、おそらくカガチにとって譲れないこだわりなのだろう。
「こちらが我が水木の国の一番の繁華街でござる」
「あ、魔王様!お久しぶりです!」
城下町へ足を踏み入れると同時に、二足歩行の狼の獣人がカガチへ声をかけた。と同時に、周りの人々がわっと寄ってきてあっという間に囲まれる。
「魔王様、ぜひうちの店に!」
「他の魔王様方もようこそ!」
「魔王様?本物?魔道具じゃなくて?」
狼、猫、犬、鼠、兎、蜥蜴、鳥、虎。様々な見た目の亜人が集まっていたので、ピオニーのような獅子の獣人もいるか探したけれど残念ながら見つからなかった。
そして彼らを見て、私はふとあることに気付く。
「アネモネ。もしかしてこの国って、亜人しかいないのかしら」
「そうよ。この国には魔物はいないの」
亜人たちにもみくちゃにされたカガチがようやく解放されて息を切らしていたので、私は彼に質問をしてみる。
「カガチは亜人たちを集めて国を興したの?」
するとカガチは、照れ隠しではなく心底嫌そうに顔を歪めた。
「違いますが?拙者の作った箱庭に勝手にあいつらが移り住んできたんですぅ!おかげで設定がめちゃくちゃで迷惑してるんですけど!」
「箱庭?設定?」
国のことを箱庭呼ばわりするなんて、不思議なことをいうものだ。
城はカガチが作ったのだろうが、城下町や住宅街は亜人である彼らが作ったのだろうし、亜人が島へ後から移り住んできたとはいっても共に国を作ったと言ってもよいのではないか。
ユーカリプタスは国民たちのおかげで復興できた。だからこそ、カガチの今の発言は国民の努力を顧みない発言ではないかと眉を顰めていると、アネモネが驚くべき事実を告げる。
「あのね、ミオ。カガチは、城だけじゃなくてこの城下町も、外側に広がっている住宅街も、それだけじゃなく空からは見えなかったけど海の底に沈んでいる水晶宮も、全部この島にたった一人で住んでいる時に自分だけで作ったのよ」
「え?」
空から見た水木の国の全景を思い出し、私は思考が停止する。
あの大きな城を作って維持するだけでも大変なのに、城下町と住宅街と水晶宮をたった一人で?
どうやって?の前に、何のために?という疑問がふつふつと浮かぶ。そして、カガチの箱庭という表現がぴたりとはまった。
ユーカリプタスの国民は一夜にして集まったので共に復興することができたが、カガチは順序が逆なのだ。
「ほら、亜人たちって奴隷として取引されている国もあるじゃない?他国から日輪の国へ運ばれる途中で船が転覆して、ここに流れ着いてしまった亜人たちがそのまま居ついているのよ」
そう、亜人たちは奴隷として取引されることがしばしばあった。表向きは奴隷を所持することは禁止されているはずだが、実際は権力のある貴族ほど秘密裏に奴隷を使用していた。
ユッカ国では街でこそ見かけなかったが、肉体を酷使する作業や命を落とす危険のある鉱山などの場所では奴隷が多く使われていたらしい。
奴隷として売られる予定だった彼らが流れ着いた先に、すぐに住めるような家が既にたくさん存在していたら。結果は火を見るより明らかだ。
「そのうちに水木の国なら亜人が差別なしで住めるって噂を聞きつけた亜人たちが、命懸けで海を渡ってくるようになってしまいまして……せっかくNPC代わりに和服美少女の魔道具を置いて住まわせようと思っていたのに、家も店も住みつかれてしまったのでござる……」
私は、改めて城下町の街並みを眺める。色とりどりの看板、屋根、店ごとに違う装飾、窓際に置かれた陶器の人形、木枠の窓に下げられた風鈴、決してシンプル過ぎない異国情緒溢れる家具類。
いったいどこからどこまでを、カガチが作ったのだろうか。
アネモネたちから聞いた話では、カガチは鬼の魔王を勇者として倒した後に新たな魔王となったらしい。恐らく、この島には元々は鬼の魔王が住んでいたのだろう。
その魔王が住んでいた城を壊して一から造ったのか改装したのかは定かではないが、彼は魔王になった直後に自分の居住を整えようと城を建てた。
城があるならば城下町もあるべきだろうと、次に城下町を造った。
城下町といえば食事処と、茶屋と、呉服屋と……必要そうな店を思い浮かべながらこつこつと。
実際に人を住まわせるつもりはなかったものの、もし人が住んでいたらこうだろうと設定を練りながら。厠は全ての店に作り、実際に使えるようにした。
この店は家族で営んでいるので住宅街から通っていることにしよう。壁には幼い娘が描いたイラストを、親バカの店主が貼っているだろう。
この店は年配の方が老後の楽しみとして経営しているので二階に住み込みのスペースを作ろう。老人が一人で暮らすのは寂しいので、看板猫も飼っているはずだ。
そうやってひとつずつ、設定を考えてそれに沿って店を、家を、街を、国を作っていったのだ。
先ほどの彼の設定という単語からそこまで想像して、私はカガチという男が恐ろしくなった。
他の魔王たちから扱き使われている小心者の魔王、というイメージは一気に覆されてしまった。何が彼をそこまでさせるのだろうか。
「カガチはどうして、一人で国を作ろうと思ったの?」
きっと、私がどんなに想像を働かせても彼の思考回路は理解できないだろう。ならば本人に確認してしまえと、素直に疑問をぶつけてみると。
「拙者が日輪の国に召喚された時、異国人が考えたなんちゃってアジア要素ごった煮みたいな世界観を見て絶望したのでござる……だから和風ファンタジーの国を自分で作ってしまえと思って……」
またしても、よくわからない返事が返ってきた。つまり、日輪の国の街並みを見てホームシックになったので故郷に近い街並みを再現したということなのだろうか。
そう解釈したのだが、どうもそれも違うらしい。
「あぁ、わかりますわ。水木の国へ来る途中にチラッと見た程度ですがムズムズしましたもの。アジアンテイストファンタジーにはあるあるですけれど、統一感が欲しいですわね」
「でしょう?ダチュラ氏ならわかるでしょう?」
「ただ、私としては和風の街並みの中に白い悪魔が立っているのも景観的にどうかと思いますわねぇ!」
「いやそれはほんと、フヒヒ、すみません……」
なるほど、統一感。東方の街並みを初めて見た私にはピンとこないが、ダチュラたちの住んでいた異世界と比べると日輪の国はチグハグな世界観になっているらしい。
だとしても、それだけのために国を一つ作ってしまうカガチの異常性はやはり理解できないが。
「さて気を取り直して、観光の続きを致しましょうぞ!」
張り切ったカガチが、その後も国中を回りながら紹介してくれたのだが。
そのどれもがカガチ一人で作ったものだと聞いて、私はますます彼のことが恐ろしくなるのだった。
カガチが某建築系サバイバルゲームが発売された時代に生きていたら、恐らく一日中やっていたと思います。




