63 孤独の発明
私たちが通されたのは、大きな一枚板のテーブルが置かれた部屋だった。
大きな木枠の窓から見える庭園は、澄んだ池を中心に築山や庭石、青々とした植栽で雄大な自然が見事に表現されている。
城へ入る際に水木の国のマナーで靴を脱いだのだが、カガチは普段畳と呼ばれる床にそのまま座って食事をとることが多いらしい。
私たちのような国外からの賓客は床へ座ることに慣れていないので、迎賓館の食堂はテーブルと椅子が置かれているようだ。
私とダチュラ、ピオニーはガランが普段出されているという懐石料理と呼ばれるもてなしをご馳走してもらうことになった。
ガランとアネモネはメニューの中から、とんかつとエビフライという料理をそれぞれ注文していた。
それを聞いたカガチが「解釈違いでござる」と呟き、ダチュラが「それはそう」と相槌を打って二人で頷いていたが、意味はよくわからない。どうやら異世界人同士でしか成立しない会話が存在するらしい。
「それで、どこまで話したんだっけ?」
「白竜の隣に黒竜を並べる計画の話でござる!」
「カガチは黙ってて」
「あ、はい……」
アネモネに怒られたカガチは、素直に引き下がった。やはり上下関係がはっきりしているらしい。
今までガランたちから話を聞いてカガチは随分と他の魔王に協力的な魔王だと思っていたが、もしかすると脅されて協力せざるを得ないだけなのではないか、と私は思い始めた。
「先ほどの話を聞いてわかったのですが、おそらくカガチ様は私より二十年前にこちらの世界へ来ているみたいですわ」
「二十年前?彼がこちらへ来たのは百年前ではないの?」
女性に年齢を訪ねるのは失礼だと思いダチュラの年齢を聞いたことはないのだが、おそらく二十代半ば前後のはずだ。
だとすると、カガチが召喚された時期とダチュラがこの世に生を受けた時期は七~八十年の差がないと計算が合わない。
「憶測ですが、私たちのいた世界とこちらの世界で流れる時間の速さが違うのだと思いますわ。異世界転生物ではよくあることですの」
「いや、だからさっきから言ってる転生って何?当然のように話してるけど全然わからん……異世界物といえばトリップですよね?」
相変わらずダチュラの話についていけていないカガチを見るに、異世界に転生するという事象はカガチが召喚された後の二十年の間に存在が広まることになったのだろうか。
戸惑いを見せるカガチの質問に、ダチュラの目がカッと開く。
「異世界転生物というのは、私が死んだ時代に大流行していたジャンルですわ。異世界転移系も定番ジャンルとしてもちろん人気がありましたが、異世界転生物はトラックに轢かれる、病気や過労などで主人公が一度死ぬのが共通していて、神の不手際で異世界に転生してチート能力を手に入れる系やMMOで自分が使っていたキャラに転生する系、現代人がゲームや小説内に出てくる悪役令嬢の身体に憑依してしまう系、悪役令嬢本人が処刑されると同時に過去に戻り品行方正な人生をやり直す系、過去に戻ってむしろ自分を殺した家族や婚約者に全力で復讐する系、虐げられていた孤児だったり王女だったりする少女が転生して聖女として覚醒する系など様々なジャンルに細分化され、同じような内容で大量生産されていて見飽きたという意見も多かったのですが、私のように激務で疲れているせいで漫画や小説を読むのにあまりカロリーを使いたくない種類の人間にとっては、話の流れが定番化されているのでわかりやすく仕事終わりにサクッと読むのにうってつけで最高のジャンルだったんですの!しかも似たような話の展開でもそれぞれの物語でキャラクターの魅力も違いますし、まだまだ読み足りないくらいでしたわ!ちなみに私のイチオシ作品は……」
「なるほど~MMOの世界に転生する系は夢がありますなぁ」
止まらない。今度はカガチではなく、ダチュラの口が。そしてカガチの時と同じく何を言っているのかさっぱりわからないのだが、同じ異世界人のカガチには理解できているらしい。
ダチュラの説明を聞きながら所々で目を輝かせたり、感慨深そうに相槌を打っている。
「オ待タセ致シマシタニャ」
ダチュラたちのやり取りを呆然と眺めていると、視界の端に子どものような背丈の者が入り込んだ。どうやら料理が配膳されたらしい。
背丈が低いということは子どもの給仕か、はたまたドワーフやゴブリンのような小柄な魔物だろうか。
お礼を言いながら受け取ろうとして、私は動きを止めた。
料理を持ってきたのは、子どもでも魔物でもなかった。何だろうこれは。耳の形状から猫を模しているということはわかる。
だが決して猫ではない。このように手も足もなく、つるりとした猫など見たことがない。
そもそも生き物なのかも疑わしいそれは足の代わりに車輪がついており、手がない代わりに体内の台座に料理を乗せていた。
「猫型配膳ロボットですわね。あら?確かカガチ様のいた時代にはなかったはずですが……」
「えっ、拙者がいなくなった後の時代には実用化されたのでござるか!天才的な発明をしたと自負していたのに……やはり皆考えることは同じなのか……」
ダチュラによると、料理を運んできた猫は魔道具のようなものらしい。
なるほど、言われてみれば猫の表情が映っている板の部分は私がシオンにあげた筆談板のような仕組みになっている。
猫は料理を運ぶだけでテーブルへ置くことはできないようなので、台座に乗っている料理をトレイごと受け取ると踵を返して戻って行った。
「面白いわよね。カガチは他人が嫌いだから、この城は魔道具の力だけで維持しているらしいわ」
「この広さを魔道具だけで、ですか?」
さっそくエビフライと呼ばれる料理を美味しそうに頬張るアネモネの説明を聞いて、私は思わず部屋を見渡す。
この部屋だけではなく廊下も埃など気にならなかったし、そもそも今提供された料理はどうやって作ったのだろうか。
詳しく知りたいが、このように大変な技術は恐らく機密事項だろう。残念な気持ちでカガチを見ると、彼は照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、ロボットだけではなく式神の力も借りているでござるよ。床はお掃除ロボットをフル稼働させて、料理は電気フライヤーや多機能オーブンレンジ、圧力鍋や自動調理鍋で式神が作って盛り付けしておりまして。あとはどうしても人の手でやらないといけない作業は定期的に業者を入れているのでござる。例えばここから見える庭は植木屋に頼んでいるのですが、将来的にはAIを搭載した植栽ロボを生み出して自動剪定できるように……」
私の予想に反して、カガチは洗いざらい話してくれた。が、所々言っている言葉が理解できない。
とりあえず彼の魔道具を作る技術が私より遥かに優れていることがわかり、思わず前のめりになりそうになりハッとする。
危ない。無意識に、私もカガチやダチュラのように魔道具について早口で捲し立てそうになってしまった。
おそらく先ほどの二人も同じなのだろう。人というものは、自分が人生を捧げて愛している物の話題になると早口になってしまうものなのだ。
もしかすると、今までも魔道具関係の話の時は自分もあのようになってしまっていたのだろうか。
あまり淑女らしい行動とはいえないので、これからは気を引き締めよう。
私は二人の狂気じみた様子を思い浮かべながら、深く深く自戒したのだった。




