62 BROKEN MIRROR
ダチュラによると島の中心に聳え立つ立派な城は、天守というらしい。
天守の裏にはガランが離着陸するのにうってつけの平らで広大なスペースが用意されており、ガランは私たちをそこへ下ろした後に竜人の姿へと戻った。
ガランのために誂えたような発着場の広さから察するに、もしかすると水木の国もユーカリプタスと同じように城を壊された経験があるのかもしれない。
ガランはユーカリプタスへは初回以外は竜人の姿で来てくれているが、発着場は私たちの国にも作った方が良さそうだ。
今回はドラゴンの姿から竜人の姿になっても服を着ていたのでどういう仕組みか聞いてみると、今日着ている服はガランの鱗を素材に作られているので、変化の際に具現化することができるらしい。
この服を着て来いとアネモネに言われた時点で察するべきだったとガランは苦い顔を浮かべたが、それを言うなら初めてユーカリプタスへ来た時に着てくれていれば私は赤面することもなかったのに、とつい思ってしまう。
「イラッシャイマセ。ゴ予約ハサレテイマスカ?」
さぁ天守へ向かおうとすると、一羽の烏が飛んできてこちらへ声をかけてきた。
烏が喋れるのかと驚いたが、抑揚のない無機質な声質なので特定の音声を再生する魔道具でもつけられているのかもしれない。
「約束はしてないわよ。カガチのところへ案内して」
「申シ訳アリマセン、主ハ本日ハ不在デス」
アネモネが先触れを出していなかったことに焦りつつ、カガチが不在だと聞いて私は肩を落とす。
別日に出直そうにもガランが再び私たちを運んでくれるとは到底思えないので、城下町で宿でもとって待つべきだろうか。
そう思案していた時、ガランが徐に烏の頭を鷲掴みにして低い声で凄み始めた。
「居留守を使っていることはわかっている。先に知らせるとカガチが逃げるから何も言わずに来たのだ。氷漬けになりたくなかったら黙って案内をしろ」
どうやら、先触れを出さなかったのはわざとだったらしい。
それにしても、ガランに家具を手配したり交流があるようだったのでカガチは他の魔王に敵意はないのだろうと思っていたが、彼らの上下関係が垣間見えて私はカガチに同情する。
あっさりと主君を裏切って案内を始めた烏を見て、「そういえば烏を使って覗きを働いていた不届きものでしたわね」と青筋を立てるダチュラを宥めながら、私は足を進めたのだった。
「まことに申し訳ございませんでしたッッッ!」
私たちが連れてこられたのは、天守の内部ではなく本丸と呼ばれる御殿だった。
柱の装飾や屏風や襖に金箔がふんだんに使われており、豪華絢爛と呼ぶに相応しい広間の天井には大迫力の大きな竜の絵が描かれていて圧巻だ。
思わず見惚れてしまうその空間の中心で、五体投地でひれ伏している者が一人。この国の魔王であるはずの、カガチという男である。
「顔を上げてください、烏のことならもう気にしていませんから」
怯えた様子を不憫に思い声をかけると、カガチは恐る恐る顔を上げた。
ぼさぼさの黒髪は肩までの長さで、目にかかっている前髪は邪魔ではないのだろうか。
額には二本の赤く光る鬼の角が生えており、色白で瘦せている。水木の国は料理がおいしいと聞いていたが、多忙であまり食事できていないのかもしれない。
垂れた目は窪んでいるが、鈍色の潤んだ瞳と涙袋も合わさるとセクシーに見える。
服は以前ガランが着ていた浴衣というものに少し似ているものの、金糸や銀糸の刺繍がたくさん入った厚めの生地で作られていて、インナーもしっかり着こまれていた。
私の言葉を聞いたカガチは安堵したような表情を見せたが、直後に私の背後を見てヒィと悲鳴を上げた。おそらくダチュラが威圧しているのだろう、魔王だというのに彼はかなり小心者のようだ。
「改めまして、ユーカリプタス魔王国の魔王、ミオソティスと申します」
「あ、これはご丁寧にどうも。水木の国の魔王のカガチです」
カーテシーで挨拶をした私に、カガチは頭を下げる。
元人間だと聞いているので私の性別を不快に思うかもしれないと懸念していたが、怯えすぎてそれどころではないのかまったく気にしていないようだった。
「そしてこちらは私の臣下であるピオニーとダチュラです。ダチュラはカガチ様と同じ世界から来た転生者らしいのですが……」
「は、転生者?転移じゃなくて?」
ダチュラは異世界から転生するという事象に対してよく知っているようだったのでカガチも同じですぐに理解してくれるだろうと思っていたのだが、彼は転生という言葉を聞いて明らかに動揺しはじめた。
これはどういうことだろう、とダチュラへ説明を求めると、しゅるしゅるとダチュラが前へ踊り出る。
「お初お目にかかりますわ、カガチ様。早速なのですが、いくつか質問がございます」
「え、あ、ども……何この人、見た目ギャルっぽくて圧があるこわ……」
「元ギャルで悪かったですわね。まず一番知りたいことを聞きますけれど、あなた百年前に召喚された時西暦は何年でしたの?」
ダチュラの質問を聞いて、私は今まで自分がうっかりしていたことに気付いた。
彼女とカガチは同郷らしいから仲良くなれるだろうと思っていたが、カガチがこちらの世界へ来たのは百年前だ。
元の世界でも二人が生きていた時間に百年の差があるのなら、ジェネレーションギャップどころの騒ぎではない。
「何年だっけ?西暦とか長い間忘れてた存在だから何もわからん……」
「じゃあ、当時見ていたアニメは?」
イライラした様子のダチュラが指さした窓からは、先ほどの巨大な甲冑のような建造物が見える。
あの建造物の話題が、カガチの生きていた年代を特定するきっかけになるのだろうかと不思議に思っていると、今までぼそぼそと小声で喋っていたカガチの声が突然大きくなった。
「ダチュラ氏さてはいけるクチですな?それなら話が早いでござる!お察しの通り、拙者はまさにドラゴムーン世代!召喚されたのは拙者が十五歳の頃、ちょうどドラゴンをモチーフにした機体が数多く出てきたあのシリーズが放映されていた時代なんですな。主人公機の白竜があまりに好きすぎてプラモでは満足できず、魔王になって水木の国を作る時につい実物大白竜を作ってしまいまして……やっぱり最初は初代の機体を作るべきか迷ったのですが、初代は正直自分は世代じゃないので確実に再現できる自信がなかったのであります。それに比べて白竜はHGだけでなくMG、RG、素組、フル塗装と何度も製作したので細部まで完璧な仕上がりのはずですぞ。ちゃんとデカールも貼ってありますしおすし!夜はライトアップもされるので乞うご期待であります。あ、そうそう、ドラゴムーンの脚本は賛否分かれる結末でしたがダチュラ氏はどっち派ですかな?拙者は主人公が最後に死ぬというラストは確かに衝撃的ではござったが、まぁあの脚本家の好きそうな展開なので8話でライバルの黒竜の台詞の伏線から予想できていましたし、あそこまで叩かれれるのもいかがなものかと思いますなぁ。戦争に対するアンチテーゼではないかという考察も多く見られましたが、あの脚本家はそこまで考えていないと思うのです。黒竜といえば、白竜と違い和風テイストのデザインが拙者的に大好物でして、実物大黒竜を白竜の隣に並べる計画も立てているのですが……」
今までのおどおどした喋り方が嘘のように早口に捲し立てるカガチに圧倒されていると、慣れているらしいガランとアネモネがげんなりした顔でカガチから目を背けていた。
ダチュラも辟易している様子だが、私とピオニーよりは驚いていないように見える。こうなることを予見できていたのだろうか。
「えっと。とりあえずお腹空いたし、何か食べながら話さない?」
カガチの呪文のような語りは、アネモネの提案を聞いても全く止まる気配がない。
呆れたダチュラが仕方なく尻尾でカガチを締め上げて口を塞いでみるも、塞がれてもなお語り続けようとしている彼がくぐもった声で唸っている。
仮にも魔王相手にこのような狼藉を働いもて大丈夫なのか不安だが、解放すれば先ほどのように面倒臭いことになるので他に手立てがない。
「オタクの魂百までですわね……」
そう呟いた、ダチュラの言葉の意味はわからない。わからないけれど、何となくわかってしまうような気もする。
勝手知ったる人の城。ガランとアネモネの先導で、カガチを連れた私たちは食堂へと場所を移すことにしたのだった。
早く書きたかったカガチをようやく出せました。
オタク特有の早口が書いてて楽しすぎて想定より長くなってしまった……。




