61 楽園で遅い朝食
雲ひとつない青空、絶好の飛行日和。
ユーカリプタス城の庭には、改造された馬車、不機嫌そうに腕を組むガラン、にこにこと微笑むアネモネ、そしてピオニーとダチュラを従えて今さら全てを察した青い顔の私が揃っていた。
「今日は水木の国へ行くのではなかったのか。この馬車は何だ?」
馬のいない馬車を睨みつけた後、ガランは羽根の生えていない私の臣下二人を見てため息を吐く。
聞くまでもなくアネモネの策略には気付いているのだろうが、現実を認めたくないのだろう。気持ちはとてもわかる、私が逆の立場でも怒ると思う。
「ダチュラたちも連れて行きたいんだけど、彼女たちは羽根が生えてないでしょ?だから馬車で行くのよ!」
「馬がいないようだが?」
馬車の屋根についているものをじっと見つめるガランは、鼻白んだ様子でアネモネに冷たい視線を投げる。
あまりに冷ややかな態度に、心なしか周りの空気も冷えてきたような気持ちになった。
「ガランがドラゴンの姿になって運べばすぐ着くわ!」
アネモネのあっけらかんとした態度を横目に、私は笑顔を引き攣らせる。
そう、アネモネが私に注文したのは、屋根に大きな取っ手を付けた馬車だった。その馬車を、あろうことか魔王であるガランに運ばせようという魂胆だったのだ。
昨日の時点で気付いていれば用意しなかったのに、と今さら後悔してももう遅い。腹を括った私は、後ろで控えていたクレマチスにそっと合図を送る。
「ガラン。このような物では報酬とは呼べないかもしれないけれど、よかったらどうぞ」
庭に運ばれてきたテーブルセットを見て、ガランの眉間の深い皺がぴくりと動く。
アネモネに言われて用意したのは、ビーフシチューならぬマトンシチュー、ミントのソルベ、レモネード、ローストビーフ。今までガランの反応がよかった料理のセットだ。
「どうせ朝ご飯食べてないんでしょ?馬車を運ぶならたくさん食べておかないと!あ、ガランが運ぶなら馬車じゃなくて竜車ね」
けらけらと笑うアネモネの礼を欠いた態度にハラハラするも、ガランは長いため息を吐いた後に大人しく席に座った。
そして「今回だけだぞ」と念を押した後に、朝食を黙々と口に入れ始める。
アネモネの無謀な計画がうまくいくはずがないと思っていた私は、ダメ元で差し出した料理が次々に消えてゆくのを見て我が目を疑った。
いくらガランがうちの料理を気に入っているとはいえ、それだけでここまでしてくれるものだろうか。
思わず胡乱な視線を彼に向けていると、それに気付いたガランの蒼い瞳が私を真っすぐに捉える。
「ミオはそこの者を同郷かもしれぬカガチに会わせてやりたいのだろう?そのためにはこれが現時点では最善の策なのは理解できる。それだけだ」
「ね?あたしの愛する魔王様はとってもかっこいいでしょう?」
なるほど、アネモネはガランが意外と面倒見がいいことまで見越して、この恐ろしい作戦を立てたらしい。
二人の人柄、いや魔王柄に感謝しつつ、いつか返すべき恩がどんどん大きくなってゆく予感がして私は笑顔で頭を悩ませるのだった。
「見て、ミオ!あれが日輪の国よ」
ガランが覚悟していたよりも安全に飛行してくれたおかげで、乗り物酔いをすることなく順調に東方へ着いた。
アネモネに言われて窓の外へ視線を向けると、山の向こうに港町が見えた。ピオニーが昔留学したことのある、人の暮らす日輪の国だ。
朱色を基調とした建物は離れた場所からもよく見える。ピオニー曰く城は金で装飾されて非常に絢爛豪華で、夜になると赤い灯りが町中に吊り下げられて圧巻なのだそうだ。
「このまま真っすぐ飛べば、あっという間に水木の国へ着くわ」
真上を飛ぶと警戒されるからであろう、日輪の国との距離は保ったまま竜車は海上の空を進む。
眼下を眺めれば、波間の所々に巨大な人の頭のような物が見えてぎょっとした。あれが噂の船を沈める東方の魔物だろうか。
あまり凶悪そうには見えないがどのような力で沈めるのだろう。あの魔物からとれる素材にはどのような効果があるのだろうと、錬金術師である私は胸をときめかせる。
「水木の国が見えてきたわ。相変わらず変な国ね」
「は、はぁ?ちょっと待ってくださいまし」
緊張のせいか、竜車の中では口数の少なかったダチュラが突然身を乗り出して狼狽している。
「あれを見る限り日本人なのは確実ですけれど……だからってだからってあんなものを……!」
水木の国の街並みを見ながらダチュラが何やらぼやいているので、いったい何があるのだろうと私も身を乗り出してみると。
日輪の国と少し似ているけれど、雰囲気の違う建築様式。
島をぐるりと囲う白壁に黒い瓦屋根が並ぶ街並みは、おそらく住宅街だろう。
島の中心部分には大きな城が聳え立っていて、その周りの城下町は繁華街になっているのか、背の高いカラフルな屋根が並んでいる。
その異国情緒あふれる街並みの中で、一際浮いている存在がひとつ。ダチュラの視線が、そこへ釘付けになっている。
「あぁ。あの人形?カガチの趣味らしいけど、いったいなんなのかしら」
「あれは、白い悪魔ですわ……」
白を基調に赤と青と黄色を差し色にした不思議な色合いの巨大な甲冑のような建造物が、城の隣に仁王立ちしている。
ダチュラの発した白い悪魔という不穏なワードに、この時の私は何も知らずに不安を抱いていたのだった。
水木の国、もっと早く行くつもりだったのに想定より話数が遅くなってしまいました。




