58 TAKE A CHANCE
その日は持参したサンドウィッチを皆で食べた後お開きになった。
予想通りガランはローストビーフが入ったボリュームのあるサンドウィッチを好み、エビネは久しぶりに野菜を食べられると喜びながら野菜サンドを食べて、アネモネは生クリームの入ったフルーツサンドばかり食べていた。
往路で私の飛行に問題がなかったことから復路は私とクレマチスだけで城へ帰ることになったのだが、考え事をしながら飛行するわけにはいかないので無心で帰路を急いだ。
帰るなり悲鳴を上げたダチュラに髪と肌が寒さで傷んでいるからと風呂へと投げ込まれた後、身体を洗われて全身マッサージをされて着替えさせられて晩餐の席に座るまでずっと、ガランに言われたことを再度思い返していた。
変化や飛行の練習をしていた時に改めて実感したのだが、ガランは言わずもがなアネモネも私に比べて魔力が高い。
今でこそ友好関係を保てているが、彼らに敵意を持たれれば抗うすべもなくこの国など一瞬で壊滅させられてしまうだろう。
異世界人は魔力が高いようなので、会ったことはないがおそらくカガチもただの錬金術師だった私より魔力が高いに違いない。
賢者の石を彼らが本気で欲すれば、私を力づくで従えることなど簡単だ。
他の魔王と衝突することもなく食糧問題も解決し、今まで順風満帆に事が進んでいてすっかり平和ボケしてしまっていたが、周辺国がユーカリプタスに侵略を企むかもしれない問題も残っている。
そんなことをもやもやと考えていたら、コリウスがスノードロップ魔王国はどうだったのか一生懸命話しかけてくれていたのに生返事をしてしまっていた。
不貞腐れるコリウスを普段なら邪険に扱うクレマチスが、私の代わりに話し相手になってくれている。私の考え事を察して気を遣ってくれたのだろう。
不甲斐ない気持ちになりながら、せめて料理は温かいうちに食べなければと皿の上のラムチョップにフォークを突き立てる。
柔らかい羊肉を見てふとエビネの姿が脳裏を過り、彼の言葉が頭の中に響いた。
ミオソティス様は将来身内になる方かもしれませんので。
過去の話をする際に彼はそう口にしていたが、一体どういう意味だったのだろう。
その意味を探ろうとした瞬間、私の頭に稲妻のような閃きが走った。
「そうよ、ガランと身内になればいいんだわ!」
「は……?」
徐に立ち上がった私を、四天王たちが多種多様な表情で見上げる。
ラムチョップを手掴みで頬張りながら放心するコリウス、私の言葉を理解しようと考え込みすぎて舌をしまい忘れているピオニー、一瞬動きを止めた後になぜか赤面しはじめたダチュラ、そして真っ青な顔で震えはじめたクレマチス。
しん、と静まり返った食卓で、私は彼らに向かって高らかに宣言をする。
「同盟を組めばいいと思うの!」
次の瞬間、三人の長い溜息が部屋に響く。名案だと思ったのだが、失策だったのだろうか。
「ミオソティス様はあの言葉をそう解釈されたのですね。いや、それは何よりです……」
「ちょっと待ってくださいまし、あの言葉って何ですの?何を言われたんですの?」
「そうか、私はてっきり政略け……いやいい考えだと思う。母上」
「どーめー?って何?」
反対されるのかと身構えたのだが、どうやら違うらしいので安堵する。それならば先ほどのため息は何だったのだろうという謎が残るが、とりあえず椅子に座りなおして計画を話すことにした。
「同盟っていうのは、私たち仲良くしましょうって約束をすることよ、コリウス」
「うーん?今でも竜のおじちゃんたちとは仲良しだと思うけど……約束するのが大事、ってこと?」
よくできましたと萌黄色の頭を撫でると、コリウスは嬉しそうにはにかんだ。先ほどちゃんと話を聞いてあげられなかったので、寂しかったのだろうと胸が痛む。
「魔王である私たちが正式に同盟を組んでその情報を周辺国へ流せば牽制になるし、事実を確認するまではしばらくはこの国を攻めようとはせずに様子を伺うはずよ。そのためにはまだ会ったことのないカガチにお目通りしないといけないけれど……」
四天王たちをぐるりと見回して、私は頭を悩ませる。水木の国は東の山を越えてさらに海の向こうにあるので、随伴するならば飛行能力のあるクレマチスやコリウスでなければいけない。
しかし東の魔王であるカガチは異世界人らしいので、ダチュラに会わせたい。互いに故郷の話ができる相手がいれば打ち解けやすいだろうという打算もある。
東方の文化に明るいピオニーもいればさらに心強いが、二人を連れて遠い国へ行く手段がない。
馬車で行けばいくら足の速いスレイプニルでも海まで何日もかかるし、無事に港へ着いても水木の国方面へ船を出せば海坊主という魔物に沈められてしまうと聞いた。
飛行する馬車のような魔道具の発想は以前から練ってはいたものの、その場で浮遊するだけならともかく長距離を旅できるような代物は未だ完成には程遠い。
私が変化を極めてガランのような巨大なドラゴンの姿になれれば、二人を背に乗せて運べるだろうか。
一人でも長距離の飛行は疲弊するので、仮に変化を極められたとしても二人を背に乗せて落とさないよう気を遣った状態ではとても体力と気力がもつとは思えない。
「とりあえず、明日はアネモネの国へ行く約束をしているし……彼女と仲を深めつつ知恵を貸してもらおうかしら」
「わーい!アネモネお姉ちゃんの国へおでかけ、楽しみ!」
明日の予定を聞いたコリウスが、萌黄色の羽根を広げて大喜びする。彼女は生前貧民だったようだし、国の外へ出るのがおそらく初めてなのだろう。
せっかくだし、料理長にコリウスの好きな物をたくさん作ってもらってバスケットに入れて持って行こう。
はしゃぐコリウスを微笑ましく見守りながら、呑気にそんなことを考えていた私は。
この外出が彼女のルーツを知る大事な旅になることなど、まったく知らずにいたのだった。




