55 まみむめも
何度目か知れないため息を吐いて、アネモネは土産に貰ったクッキーを齧る。
「あたし、余計な事言っちゃったかなぁ」
愚痴を溢すのもクッキーを食べるのも自分の国へ帰ってからすればいいだろうにと思うが、おそらくアネモネは誰もいない教会へ帰るのが寂しいのだろう。
先ほどまで賑やかな食卓を囲んでいたので無理もない。俺たちは永い間、あのような環境とは無縁だったのだから。
「アネモネ様でも他者の気持ちを考えることがあるんですねぇ」
「うるっさいわよこの羊頭!」
いつものように悪態を吐くエビネに、アネモネは険しい顔で獣のように威嚇する。
千年も経つと朽ちてしまった家具も多いので石のベンチに腰かけているが、アネモネは冷たくはないのだろうか。
ミオの城の家具はどれも煌びやかなので、あの国から帰ってくると自分の城がいかに殺風景なのかを思い知る。
「今まで家族愛的なものとは縁がなかったから、どうすればいいのかわからないのよ。ガランと羊頭は主従関係だし、カガチのところも仲は良いけど家族というより仲間でしょ」
口には出さないが、アネモネには家族愛はおろか忠実な僕もおらず仲間もいない。
シルベストリス魔王国にいるのは彼女の傘下に入っているというだけで忠誠を誓っているわけではない数多の悪魔と、自然を愛している精霊たちだけだ。
アネモネには、彼女を慕う深い関係といえる者がいない。迷惑極まりないが、俺に執着しているのもそのせいしれない。
そんなアネモネにとって、ミオたちの関係はとても眩しいものなのだろう。
「部外者のお前が事実を述べただけで亀裂が入るような関係ではない。安心しろ」
「ガラン、あたしを励ましてくれるのね……!」
部外者、の部分を強調して嫌味を言ったつもりだったのだが、知ってか知らずかアネモネはまったく意に介さない。
くねくねと悶えるアネモネに呆れて物も言えないでいると、俺の分のクッキーを袋から出したエビネが短く悲鳴を上げた。
「ガラン様、見てくださいこれ……!」
何事かと思いながらエビネに近づくと、彼が持っている袋からいくつもの瓶と棒が束になった物、そして白い粉が出てきた。
「何だこれは?」
「ガラン様が自国でも美味しい物が食べられるよう、僕の分のお土産もくださったみたいです」
添えられていたメモによると、瓶は調味料やパスタソース、棒状の物は乾麺、白い粉は小麦の粉だそうだ。
パスタソースは茹でたパスタにそのまま和えれば食べられると書いてあり、感激したエビネが南に向かって五体投地で拝んでいる。
「ガラン様、ミオソティス様を番にされるつもりはありませんか?」
「はあ?」
エビネの奇想天外な提案を聞いて、俺よりも先にアネモネが抗議の声を上げる。
もちろん俺にそのようなつもりはまったくないし、ミオにもその気はないだろう。
だがそんなことはお構いなしで、エビネはやや興奮気味に捲し立てる。
「だってミオソティス様も今はドラゴンなんですよね?それなら子を生せるじゃないですか!お二人がご夫婦になって、人が住んでいた時と同じくらいの水準の産業が発達しているユーカリプタスと、生態系の頂点である竜族が守っているスノードロップが合併すれば向かうところ敵なしです!ミオソティス様はとてもお優しい方のようですし聞けば藤色の髪とのこと、僕の髪色が白と紫のグラデーションなのでお二人と一緒に並ぶと親子みたいに見えませんか!」
「あんたがミオの恩恵で楽になりたいだけじゃない!後半の髪色の話とかこじつけだし!」
言いたいことは全てアネモネに代弁されてしまったので、俺は静かに目を閉じる。
エビネは普段は朗らかだが、一度こうなってしまうと手がつけられない。こちらがどんなに否定してもしつこく食い下がる上にやけに張り切り始める。非常に面倒くさい。
だから、こういう時は矛先を変える。
「エビネ。お前にもミオを会わせてやりたいのだが、あいつを招待する前にこの古い城をどうにかしなければいけないと思わないか?」
俺の言葉を聞いたエビネは、見慣れた城内を改めてぐるりと見まわして青ざめる。
「そっ、そうですよね……僕としたことが……!僕はこの城以外の城へ行ったことはありませんが、本の中の絵でなら見たことがあります。アネモネ様が過ごす分には構いませんが、ミオソティス様がいらっしゃるなら柔らかいクッションも必要ですし染みだらけのほつれたカーペットもきれいな物に変えなくては……!」
「何か色々聞き捨てならないんだけど?」
おろおろと慌てるエビネの耳には、アネモネのぼやきは届かない。
不死である上に俺の眷属だという自信がそうさせるのだろうが、仮にも魔王であるアネモネにこのような態度がとれる者は稀である。
同じ魔王であるカガチですら、アネモネの高圧的な態度には気圧されるというのに。
「そういうわけだから、近いうちにカガチに家具一式の注文をしようと思う」
「はい、それならば注文書をご用意しておきます!水木の国は貨幣制度を採用しているので、物々交換の我々とは代金で揉めるかもしれませんが希少な魔物素材を渡して何とか交渉しましょう」
「あたしも手伝ってあげるわ。羊頭はミオの趣味がわからないだろうし」
無事にエビネの目的が定まったので、俺は隠れて安堵する。
方便のようなものだったが、ミオの飛行訓練が落ち着いたら長距離移動の実践も兼ねて実際に城へ招待してもいいだろう。
土産のほろ苦いコーヒークッキーを齧りながら、俺たちはどうもてなしてやろうかと、ミオの驚く顔を思い浮かべながらほくそ笑むのだった。




