54 パーティーは続くよ
本人のいないところで詳細を話すのは気が引けるから、という前置きの元に、ヒトの魔王であるカガチについてアネモネたちに大まかな説明をしてもらった。
百年ほど前まで、国に害を及ぼす魔王を退治するため、異世界から勇者を召喚する秘術が人間によって使われていたこと。
異世界から召喚された勇者は魔力の高い者が多く、日輪の国へ召喚されたカガチも例に及ばず高い魔力を有していたために鬼の魔王の討伐を命じられたこと。
鬼の魔王の討伐は成功したが、その直後にカガチが何らかの形で命を落とし、彼自身が魔王になってしまったこと。
それ以来、勇者召喚の儀は禁じられカガチが元勇者だという事実も伏せられていること。
説明をしてくれたお礼に手土産のクッキーを渡すと、ガランとアネモネは喜んで自分の国へ帰っていった。そして今、私と四天王は会議室に集まっている。
いつもは談笑している円卓に座り、ダチュラは拳を固く握りしめて俯いている。隣の席に腰を下ろすと、彼女の身体がびくりと跳ねた。
「怒らないから隠さないで教えてほしいのだけど、ダチュラはカガチのように異世界から来たの?」
私の質問を受けてダチュラは青白い顔を強張らせたが、震える手に私の手を重ねると観念したように口を開く。
「私はヒトの魔王のように異世界から召喚されたわけではありませんわ。私には前世に異世界で過ごした記憶がある転生者ですの」
転生者、という単語は聞き慣れないものだが、さも当たり前のようにダチュラは使っている。
そういえば、カガチが異世界から召喚された元勇者だという事実に驚いてはいたが、異世界から召喚されるという事象には驚いていないようだった。
ガランの説明を聞いて「そっち」だということに反応していたようだし、彼女が生きていた前世の世界では異世界へ転生することはよくある事象なのだろうか。
「こちらの世界で貴族令嬢として生まれ変わって、紆余曲折あって雑貨屋を営むことになった際前世の知識を活かしたのですが……その時に、百年ほど前から異世界の知識を基にしたものがいくつか流通していることに気付いて、異世界から来た人がどこかにいることは察していましたわ。その人物がまさかまだ生きていたどころか、異国の魔王になっていたとは思いもよりませんでしたけれど」
貴族令嬢がなぜ雑貨店を経営することになったのか、紆余曲折の詳細が知りたくてたまらないが今問い質すことではないだろう。
私が静かにダチュラの話の続きを促すと、なぜかクレマチスとピオニーの眉間に皺が寄る。
「雑貨店でお母様と出会い、異世界の知識を活かしてお母様の悩みを解決できないか悩んでいたのですが、死んでしまって。その後にお母様のおかげで生き返ることができたのですけれど……」
あぁ、なるほど。魔物として蘇る前の話をしどろもどろに説明するダチュラ、それをそわそわしながら挙動不審に聞いているコリウス、段々と顔が険しくなってゆくクレマチスとピオニーを見て合点がいった。彼らは、恐れているのだと。
「ダチュラだけじゃなくて、クレマチス、ピオニー、コリウスにも聞いてほしいのだけど……あのね。あなたたちが生前と同一人物だということには、私は以前から気付いていたのよ」
「はい?」
私の言葉を聞いた四人は、目を大きく見開いて呆気にとられる。
気付いていた、と断言したものの、実際は半信半疑くらいの気持ちで今カマをかけたことで確信を得たのだけどそれは黙っておくことにする。
「え、で、でもお母様。シオンのことは……」
「うーん。実は私は、彼のことを恨んではいないのよ」
繭化していくシオンの世話を私が甲斐甲斐しく見ていたので、まだ私が彼らを生前と同一人物だと気付いているとは思わなかったのだろう。
シオンは私の命を奪い、私の恋心と忠誠心を利用して騙した人物だから。きっと恨んでいるに違いない、だからこのことが露見してはいけないと彼らは思ったのだ。だけど。
「だって彼がいなければ、私が私らしく生きることも、あなたたちとこうして過ごすこともできなかったから」
国を滅ぼしたことに後悔はある。私が賢者の石の効力をもっと検証してからシオンに渡していれば、あんなことにはならなかったはずだ。
最終的に賢者の石の力で死んだ人たちの命が蘇ったとはいえ、かれらは魔物になり以前と同じ生活が送れているわけではない。それどころか、生前の記憶も失くしている。
しかし彼らの命を奪ったのは私の罪で、シオンの罪ではない。
嘘を吐かれた時には絶望したが、国のために吐かざるを得ない嘘だったのだろう。私を処刑したのも、王族としては正しい選択だった。
「ひとつ、聞きたいことがある」
それまで黙って聞いていたピオニーが手を上げたので、私はどうぞと促した。
ピオニーは元騎士団長だ。今まで従ってくれていたものの、国を滅ぼした私に何か思うことがあるのかもしれないと詰られる覚悟を決めた。のだが。
「年長者である私に母上と呼ばれることに嫌悪感はないだろうか?」
「は……?」
ピオニーなりにこの重い空気を吹き飛ばそうと冗談を言ってくれたのだろうか、そう思ったのだけど、彼の獰猛な金色の瞳は至って真剣だ。
そこには私に否定されることの怯えの色すら見てとれたので、私は可笑しくなって呵々大笑する。
淑女らしく生きようとずっと立ち振る舞いに気を付けていたので、こんなに大きな声を出して笑うのは久しぶりだ。
「そんなものまったくないわ。皆は他にも聞きたいことがあるかしら?せっかくだから今日のお仕事は終わりにして、お茶でも飲みながらお互い何でも話すことにしましょう」
「そ、それならばお母様、パジャマパーティでもしませんこと?」
「おい!お前はいきなり何を言うんだ!」
「パジャマパーティって何?僕パーティはじめて!」
先ほどまで張りつめていた糸が解れたように、会議室にいつもの和気藹々とした空気が流れる。
私は、皆と過ごすこの空気が好きだ。きっと皆も同じように思ってくれていて、だからこそそれを壊したくなくて嘘を吐いていたのだろう。
あの日、シオンに吐かれた嘘で私は絶望してしまった。でも、同じ嘘でもこんなに優しい嘘ならば心地の良い物だ。
その日の晩、ダチュラが用意したパジャマを各々着て私の部屋に集まり、彼女の要望通りパジャマパーティを開いて様々な話をした。
ダチュラが雑貨店を開くことになった紆余曲折の話、生前のコリウスの生活について、シオンに仕えていたクレマチスは彼に対して不満を抱いていたという愚痴、ピオニーには実は遠い昔にこの国に嫁いできたモンステラ王女の血が流れていて、そのせいで人目を避けて東方へ留学したのだということ。
私自身も昔は仲の良かった姉との思い出話をしたり、アカデミーや職場で嫌な思いをした話もした。
たくさんたくさん話をして、お互いの理解を深めた。きっともう二度と、私たちの関係に亀裂が入る心配をしなくても済むだろうと確信を持てるくらいに。
惜しむらくは同じ家族であるシオンが会話に参加できなかったことだが、きっと彼も繭の状態で聞いてくれていることだろう。
私は枕の上に寝かせたシオンの固い表面を優しく撫でながら、そう願うのだった。




