51 脳みそショートケーキ
いつもの応接室でガランと二人きり。服を脱いだ私は半裸で息を切らしながら、苦悶の表情に顔を歪めていた。
先ほどからガランに触れている指先は、冷気で今にも凍り付いてしまいそうだ。
「すみませんガラン。もう限界で……」
「まだ先端だけだろう、諦めるな。落ち着いて俺の物を触ってみろ」
「これ以上は出ません……!」
「ま、真昼間から何やってるのよ!」
バルコニーの入り口が割れんばかりに大きな音を立てて開かれたかと思えば、そこにはなぜか顔を真っ赤にした一人の少女が立っていた。
薄桃色の髪を二つに結い上げた釣り目の少女は、華やかな顔立ちとは裏腹に地味な修道服を着ている。
二階にある応接室へバルコニーからやってきたということは、背中に生えている蝙蝠のような羽根で飛んで入ってきたのだろう。
「先ほどから魔力を感じると思ったら、お前かアネモネ。何をしているのかと言われても変化の講義だが」
「バレないように抑えてたつもりだったのに……愛するあたしの魔力なら、どれだけ隠していてもわかるってこと?」
ガランと少女が話をしている間に、私は肩の力を抜いてそっと一息つく。
本日の講義は昨日計画した通り変化の練習になったのだが、午前中はまったく成果が得られず昼食後に練習を再開することになった。
慣れないうちは翼を生やす際に服が邪魔になるのでやむを得ず上半身を脱いだのだが、どんなに練習しても肩甲骨の辺りがほんのり盛り上がる程度にしか翼が生えない。
変化のコツは具体的なイメージを浮かべることだというのでガランの翼を触って参考にするように言われたのだが、冷たすぎて指先の感覚が麻痺してしまい逆効果になっていた。
そういえば。先ほどガランは、アネモネという名を口にしたように聞こえた。
ということは目の前の可憐な少女が、あの残虐非道と噂される悪魔の魔王ということだろうか。
年代物の修道服を着た彼女を見て、私は今更ながら青ざめる。これは、なんということでしょう……!
「ダチュラ!」
「はい、お母様」
パン、と手を叩くと部屋の外で控えていたダチュラが音もなく現れる。そしてアネモネの姿を見るや否や、私と目を見合わせた。
「お客様を丁重におもてなしして」
「かしこまりましたわ」
「えっ、ちょっと」
目配せをしただけで、ダチュラは私の言わんとすることを理解してくれたらしい。さすが自慢の娘だ。
ダチュラに引きずられて部屋を後にするアネモネを見送ると、呆れた様子のガランへと向き直る。
「少し早いですが、ティータイムにしましょうか」
講義が始まるや否や妥協を許さないガランに延々と変化の練習をさせれてヘトヘトになっていたのだが、食べ物をちらつかせたらすんなりと休憩を受け入れてくれたので助かった。
ガランが茶菓子に夢中になっている間に、私は温かい紅茶で凍えてしまった指先を労うことにしようと企むのだった。
ダチュラに連れていかれたアネモネは、ご機嫌で戻ってきた。
魔王でもある可憐な少女が使い古しの修道服を身に着けているなどもったいない、とダチュラに着飾られたからだ。
彼女に何かしらのこだわりがあって修道服を着ていたのなら話は別だが、そういうわけではないようだったのでこちらの用意した服に着替えてもらった。
そう。私はフリルやレースのたっぷりついたドレスに憧れはあれど、自分にはまったく似合わないので着ることはなかった。
ダチュラも可愛らしい系統よりもセクシーなドレスの方が似合うし、コリウスはフリフリした服は煩わしいようで着てくれないのだ。
だからダチュラがせっかくデザインしてくれたのに日の目を見ないドレスが多くがっかりしていたのだが、私たちは念願のフリルとレースの似合う着せ替え人形を手に入れたのだ。
「何これ。すごくおいしいじゃない!」
フリルがたくさんついた白とピンクの短い丈のドレスに身を包んだアネモネは、さながら童話に出てくるお姫様のようだった。
昨日畑で採れたばかりのいちごをたっぷりつかったショートケーキを頬張りながら、満足げな笑みを浮かべている。
果物が収穫できるようになり、ガランが今朝連れてきてくれた銀魔羊のおかげで乳製品もこれからは遠慮なく使えるようになった。
料理もデザートもレパートリーが増えたので、厨房は大喜びで今まで作れなかったメニューを次々に作り出している。
「それで、お前は何しにここへ来たのだ」
「愛するガランに会いに来たんだけど?」
新作のチョコミントアイスを食べていたガランが、僅かに緩めていた顔をアネモネの言葉を聞いて強張らせたのを見て私は首を傾げる。
「お二人は恋人なのですか?」
「そうよ!」
「断じて違う」
なるほど、どうやら二人の気持ちに齟齬があるらしい。しかしアネモネがガランに想いを寄せているならば、知らない男と毎日のように二人で会っているのはさぞかし面白くなかっただろう。
もし悪魔の魔王である彼女に敵意を抱かれたらと思うとぞっとする。彼女が暴れれば、最終的にガランが止めてくれたとしてもせっかく補修した城がまた壊れてしまうかもしれない。
「私は魔王になったばかりで至らない点が多いので、よろしければアネモネ様からも色々教えていただけないでしょうか。もちろん、お越しいただければ今回のようにおもてなしをさせていただきます」
「えっ!」
一瞬挙動不審に目を泳がせたアネモネが、ケーキスタンドの上に並ぶ色とりどりのケーキに釘付けになる。そして。
「もちろんよ、あたしもあなたと仲良くしたいと思っていたの!えーと」
「ミオソティスです。ミオ、と是非お呼びください」
「ミオね、よろしく!あたしのこともアネモネでいいわよ」
暴れん坊だと聞いていたので肝を冷やしたが、どうやら彼女は噂と違って話のわかる魔王らしい。
安心した私は、次はアネモネにどのようなドレスを着せようかと心を躍らせる。
まさか何の変哲もないショートケーキが城の行く末を救っていただなんて、ガランとアネモネ以外は知る由もなかったのだった。




