50 アネモネ
新キャラです。
鬱蒼とした森の中にある教会を飛び出して氷漬けの山へ、そしてその頂にある今にも崩れそうな古い城へ。代わり映えのしないコースを飛んで目的地へと着いたあたしは、手鏡を見ながら風で乱れた髪型を整える。
今日のあたしも完璧!カガチから巻き上げた整髪料を使って自慢の桃色の髪はつやつやだし、お肌も張りがあるし、相変わらず世界一かわいいわ。
カガチの国の服は着るのが難しいものかあんまり可愛くないものしかないから相変わらずダッサイ修道服のままだけど、ガランは服なんてあまり興味がないから関係ないし。
「ガランおっはよー!愛してるわ!」
いつも通り凍えそうになりながらガランのいる古城へと押しかけたのだけど、ガランのあの圧倒的な痺れる魔力を感じない。
またかと思って城の中を飛び回っていたら、厨で見覚えのある羊のようなふわふわ頭が見えたので思わずぐわっと鷲掴んだ。
「アネモネ様!い、痛いです!」
「ねぇ。ガランはどこ?」
たぶん、きっと昨日と同じ答えな気がするけど、念のため確認をする。勘違いであってほしいと思う私の願いとは裏腹に、羊頭はあっけらかんと答えた。
「ガラン様なら本日も新しい魔王のところへお出かけですよ」
毎日。毎日、毎日毎日毎日!一体全体どうなってるの?
この前久しぶりにガランの目が覚めたって聞いてすごく嬉しかったのに、その日からガランは毎日新しい魔王とやらのところへ出かけていて全然会えないでいる。
こんなことなら、会話ができなくても毎日寝顔を見られていた頃の方がマシだった。そもそも新しい魔王って何?誰?聞いてないんだけど?
「元々ユッカ王国があった場所ですよ。今はユーカリプタス魔王国という名前になっているようですが」
ご存知ないんですか?とでも言いたげな小馬鹿にしたような視線を向けられて、あたしはむっとする。
地理なんてわからないわよ。人間たちの住む国名なんてちっとも知らないし。だって知らなくても問題ないんだもん、あたしは悪魔の魔王なんだから。
「なーんでガランは毎日そんなところへ行っているわけ?」
「新しい魔王であるミオソティス様に知識を授けて、講義代として昼食を馳走になっているそうですよ」
「何それ。あたしが魔王になった時は何にも教えてくれなかったくせに!確かあたしの時は魔王になったばかりで溢れ出す魔力が抑えられなくて、そう、あの時にあたしたちの間に愛が芽生えたのよね……」
甘い思い出にうっとりと浸りながら、天板に乗せられていた薄緑のお菓子を口へ運ぶ。星形がかわいくて手に取ったけど、味もなかなかおいしかった。
だけど、羊頭を褒めたら「ミオソティス様からいただいたレシピで作ったものですよ」と返されたので実に面白くない。
「だいたい、ガランってお腹に入れば何でもいいってタイプじゃなかった?胃袋を掴もうと思ってあたしが差し入れしても、お菓子なんて絶対に食べなかったのに!」
「えっあれ胃袋を掴もうとしていたのですか?てっきり毒殺を企んでいるのかと……」
失礼しちゃう。そりゃああたしが住んでる教会にお菓子のレシピ本なんてなかったから見様見真似で作っただけだったけど、愛情なら誰にも負けないくらい入れたんだから。
だいたい魔王になる時依り代にしたこの身体が、お菓子の作り方くらい知っておいてくれればよかったのに。死んだ後も全然使えない聖女だったわ。
「ユーカリなんとかって国どこにあるの?ちょっと行ってくるわ」
「えっ!」
このままガランが帰ってくるまで城で待っていようかと思ったけど、待っている間羊頭にちくちく文句を言われるのも面倒くさい。
それなら敵陣に乗り込んでやろうじゃないのと、あたしは覚悟を決めて立ち上がった。
羊頭は教えてくれなさそうだったので、ガランの魔力の残滓を追いかけることにする。
ガランの魔力が南へと向かっていることを確認して、あたしはばさりと羽根を広げて大きな窓から飛び立った。
ユーカリなんとかって国はすぐに見つかった。森に囲まれているあたしの教会と違って、開けた草原の中にある小高い丘に、どう見ても人間が作ったっぽい街がちょこんと存在していた。
丘の上の城に魔王が住んでいるんだろうし、どうせガランに当たっても傷一つつけられないだろうから思い切り魔法をぶつけて壊してやろうかしら。
そう思ったあたしが早速手のひらに魔力を集中させると、どこからともなく声が降ってきた。
「何してるの?」
慌てて振り返ったけれど、背後には誰もいない。さっきの声がどこから聞こえたのかを思い出して、まさかと思って上を見ると緑色の鳥みたいな羽根が生えた子どもがあたしを見下ろしていた。このあたしより上を飛ぶなんて!頭が高いわよ!
「あんた、さっきまでいなかったわよね?どこから湧いてきたの?」
「お空をお散歩してたら、変な感じがしたからびゅーんって飛んできたんだよ!」
お散歩が僕のお仕事なんだよとのほほんと答えているところを見ると、どうやらこの子供はここの魔王の部下みたい。
あたしが気付かない速さで飛んでくるなんて何者かしら?見た目はハーピーに似てるけど手が違うし、魔力の雰囲気がどこかで感じたことがあるような――
「それで、お姉ちゃんは敵さんなの?」
さっきまでのほのぼのとした空気から一転して、目の前の子どもが殺意を向けてくる。
あたしは魔王だからこんな雑魚を捻り潰すのなんて簡単なことだけど、ここで騒ぎを起こしたらガランに会うどころじゃなくなっちゃう。
仕方がないので、あたしはこの場をやり過ごすことにした。べ、別にガランに怒られるかもってびびったわけじゃないわ!
「あたしはお客さんよ」
「なーんだ、お客さんか!」
ほっとした様子の子どもに、ガランたちを驚かせたいからあたしが来たのは内緒にしてほしいと頼むと目をキラキラさせて頷かれた。
この城の警備、こんなので大丈夫なのかしら?
城を壊すのは失敗しちゃったけれど、あたしの目的はあくまでもガランに会うことだというのを忘れちゃいけない。
もうすぐ愛しのガランに会える。あたしに会えば、きっとよくわからない新人の魔王なんて放っておいて構ってくれるに違いない。
そう胸を躍らせて、あたしは気配を消しながらこっそりと城へと近付いていったのだった。




