47 タイムラグ
ガランを連れて訪れたのは、私の寝室の隣にあるシオンの私室だった。収納スペースを改造して作られた彼の部屋は、私があげた魔道具やどこからか集めてきたらしい上質な生地のストールや綺麗な宝石で埋め尽くされていて、まるで宝箱のようだ。
それらに囲まれるようにして、シオンは今日もすやすやと眠っている。シオンの眠る時間が増えたなと思い始めた頃は、コリウスと同じく成長期なのだろうと思っていた。
だが日を追うごとにどんどん眠る時間が長くなり、何か様子がおかしいと感じた時にはシオンはほとんど目を覚まさなくなっていた。それどころか、いつからか身体の表面に石の膜が張ったように固くなり始めたのだ。
「この子を魔物にした際ワイバーンの魔石を使用したのですが、スライムとして生まれてしまって……」
「待て、これがスライムだと?こんなスライムは見たことがないが」
「生まれた時は紫色なのがめずらしいくらいで、至って普通の柔らかいスライムだったんです。それがいつからかこうなってしまって」
シオンの固くなってしまった表面にそっと手を当てると、寝ている時と同じく規則的に上下しているのがわかる。特に苦しそうな様子もないが、明らかに異常なのでどうしたものか皆で気を揉んでいたのだ。
「ガランには、この子がどういう種類のスライムなのかわかりますか?」
「俺がお前をドラゴンだろうと言ったのは、同族の魔力を感じたからだ。別に魔力を見ただけで全ての魔物の種族を特定できるわけではない。それに、この者の魔力は不安定になっているので猶更わかりにくい」
千年間も生きているガランならばあるいはと思い連れてきたのだが、生憎何でもわかるわけではないらしい。
最後の望みの綱が切れて肩を落とす私に、ガランは付け加える。
「だが、この状態に似た症状を知っている。これは繭の一種なのではないだろうか」
「繭?」
聞けばドラゴンをはじめとした様々な種族の成長過程で、今のシオンのように殻に閉じこもって長期間眠ることがあるらしい。蚕などのそれと似たようなものだろう。
しかしスライムで繭に変化した個体はガランも聞いたことがないようで、シオンが新種のスライムの可能性もあるという。
もしガランのいう通りシオンの今の状態が繭ならば、どのような形であれいずれ目覚めるということだ。
現時点で私たちにどうすることもできないのは変わらないので、病気ではなく繭であることを祈るばかりである。
「少し安心できました、ありがとうございます。教えていただいたお礼に何かお望みのものはあるでしょうか」
「そうか。それならばこちらも教えてもらいたいことがあるのだが」
魔石を使った魔道具で魔物を生み出していることも話してしまったので、今度こそ魔物を増やす方法を教えろと言われるだろうか。それとも、賢者の石を自分にも作ってくれと言われるだろうか。
シオンの命がかかっていたので多少の取引は覚悟の上だが、実力のある魔王が賢者の石を効率的に使って魔物を増やせば、大陸を征服することもおそらく可能になってしまう。
流石にそれは防ぎたいので賢者の石のレシピは明かせないが、好きな魔石を使って一つ作って贈るくらいはいいだろうと腹を括っていたのだが。
「この前土産で持たされた菓子のレシピを教えてほしい」
「お、お菓子のレシピですか」
ガランが教えてほしいと言ったのは賢者の石ではなくお菓子のレシピだったので、私は拍子抜けしてしまった。
ミントのソルベを気に入っていたガランに、ペパーミントクリームを持たせたのだが手軽に食べられるので気に入ったらしい。
従者でもある眷属に同じものを作ってほしいとねだったらしいのだが、従者が口にする前に全て食べ切ってしまったので味も知らないのに作れるわけがないと怒られたそうだ。
怒られるのも当然の話だが、ガランほどの主人を怒ることができる従者に私は興味を引かれる。相当な実力者でないとそんな恐ろしいことはできないと思うので、ピオニーくらいの屈強な従者なのだろうか。
「もちろん、すぐに手配致します」
ペパーミントクリームは、他の茶菓子を作った時に卵白が余ってしまったので料理長が気を利かせてついでに作ってくれたものだ。
ガランにはペパーミントクリームだけでなくソルベのレシピも添えてペパーミントエッセンスとリキュールを贈るとして、彼の機嫌をとるのに連日大手柄な料理長にも特別賞与を与えた方が良さそうだ。
ほっとした様子のガランがまるで親に叱られた子供のように見えたので、私もいよいよ疲労が溜まってきたのかもしれない。
「ところでこの後の昼食のメニューは何だ?」
「……本日はコカトリスの卵を使ったキッシュです」
前言撤回、やはり千年生きた竜の魔王の精神年齢は意外と子供なのかもしれない。キッシュには何が入っているのかとクールな表情のまま目だけを輝かせるガランを見て、幼少時代に姉に対して同じことをしていた自分の姿を重ねてしまう。
今頃姉はどうしているだろうか。彼女が嫁いだのは王都から遠い辺境伯のご子息のところなのでおそらく魔素中毒の被害はさほど受けていないはずだが、国が滅んでしまったのでモンステラの庇護下に入ったのだろうか。
そこまで考えてしまってから、もう私には関係のないことだと首を振る。私は除籍された身だし、そうでなくても姉は元から私を見限っていた。国を滅ぼした張本人でもある私に心配される謂われもないだろう。
「キッシュは厚切りのベーコンとスモークサーモンの二種類を用意していて――」
姉のことは頭の隅に追いやって、ガランにキッシュの説明をしながら本日の午餐に期待を寄せる。
胸の奥ではちりちりと、焼けつくような疼痛が燻っていた。




