45 閑話 破顔
説明回が続いたので閑話です。
時系列的には42.5話くらいになります。
僕はエビネという名前の獣竜です。僕はガラン様の右腕で、お世話係で、ガラン様の留守中にスノードロップ魔王国を守る役目を担っている眷属です。
眷属というのは契約により主の魔力を分け与えてもらえるので、僕の実力自体は大したことはないのですが、ガラン様の魔力の一部を使って国に強力な防御結界を張ることができます。
僕の名前は眷属化の際にガラン様から名付けていただきましたが、スノードロップ魔王国という国名はガラン様が付けたわけではありません。
気付けば山の麓の国に住むドワーフたちが勝手にそう呼んでいました。悔しいのでガラン様らしい国名をつけて大々的に宣伝すべきだと申し上げたのですが、ガラン様は面倒なのでそのままでよいと仰ったのでそのままとなりました。千年経った今でも僕は納得できません。
今朝はガラン様が久しぶりに目を覚まし、新しく誕生した魔王の様子を見てくると言ってお出かけになりました。
ガラン様が自主的に外出されるのは滅多にないことなので、これ幸いとガラン様の寝室を大掃除しています。魔王の居ぬ間に何とやらです。
ガラン様の身体が通るほどのとても大きな窓を風魔法で開けると、凍てつく風が室内に入り込んできます。ガラン様が持て余している膨大な魔力が使い放題なのでできる芸当です。ガラン様の眷属であるおかげで家事も捗ります。
本当は僕以外の使用人もいれば楽なのですが、ガラン様は他者を信用していないので仕方なく眷属である僕がこの古城の維持をしています。
「おかえりなさいま、せ」
遠い空からガラン様の魔力を感じたので出迎えると、ガラン様が出掛けの時とは違い竜人姿で戻ってきたので戸惑ってしまいました。しかも、見たことのない煌びやかな服を着ていたので心臓がどくどくと嫌な音を上げます。
「あの、ガラン様、その恰好は」
「あちらの魔王国で着替えた」
僕の疑問に何の気なしに答えるガラン様の説明を聞いて、僕は思わず眩暈がしてしまいました。
話によれば生まれたばかりの魔王は既に国を持っていて、臣下が数えきれないほど多く、種族がバラバラなのに驚くほどに統制されていて、城で出た飯がとても美味かった。うん、最後の情報はあまりいりませんでしたね?
そして僕が聞きたいのはそこじゃないんです。いえ、もちろんそれも十分驚愕に値する事実ではあるのですが。
「城に入るために竜人の姿になったら、服を着ろと怒られて無理やり着せられた」
あんなに、毎回、竜人姿になる時は服を着てくださいと繰り返し申し上げているのに!
あろうことか僕の主は、一国の魔王の前ですっぽんぽんになってしまわれたらしいのです。アネモネ様やカガチ様の前でもやらかしてその度面倒なことになったというのに、たった百年でもうお忘れになってしまわれたでしょうか。
「しかもそれ、すごく上質な生地ですよね。洗ってお返ししないと……僕に洗えるかな……」
「もうサイズを詰めたから返さなくていいと言っていたぞ」
「つまりガラン様は、手土産の一つも持たずに国を訪問したどころか、手土産を持たされて帰ってきたと」
悲壮感を隠すのはもはや不可能になってきたので取り繕わずに盛大にため息を吐くと、ガラン様の宝石のような蒼い瞳が揺ら揺らと動くのが見えました。
ここまでの情報で既に胃が痛くなっているというのに、まだ何かあるのか、それも常に威風堂々としているガラン様が罪悪感を感じるほどのことなのかと身構えていると。
「着地の際に城の一部を壊した」
「ガラン様、明日にでもお詫びの品を持って行きましょう……!」
ガラン様の告白を聞いた僕は、宝物庫に何が眠っていたか思い出そうと頭をぐるぐると働かせます。聞けば新しい魔王のミオソティス様もカガチ様と同じ元人間なのだとか。
人間は何を好むのだったか、とりあえず金になりそうなもの、洞窟でとれる宝石の原石でも箱詰めしようかと考えていたのですが。
「ミオは美しいものを好むようだったから、フェンリルの毛皮はどうだろうか。どうせならこちらでしか手に入らない物がいいだろうし、あれの毛並みは美しかったはずだ」
ガラン様の至ってまともな提案を聞いて、僕は思わず返事をするのも忘れて固まってしまいました。てっきり、ガラン様に任せたら狩った獲物をそのまま持って行くかと思っていたので。
フェンリルの毛皮はその美しさもさることながら耐寒性が高いので、今後そばにいても構わない、友好関係を築きたいという意思表示にもなるかもしれません。流石にガラン様はそこまでは考えていないと思いますが。
そもそも、あのガラン様が誰かを愛称で呼んだことも信じられません。ミオソティス様からの提案らしいのですが、まさか会ったばかりの者にそれを許すなんて。あの方が聞いたら怒りで城が破壊されかねないくらいの衝撃です。
「昼食を馳走になった後二人でしばらく話をしたのだが、あれはなかなか面白いやつだ。何より、千年生きた俺の知らないことをいくつも知っているのが興味深い」
どうやら、ミオソティス様はガラン様の好奇心を射止めたようです。誰かと会うことを煩わしく感じるガラン様が城へ通う約束をしたのも納得です。飯がうまかったからだと言っていましたが、たかが料理だけでそこまでの行動力を発揮できるレベルの出不精ではないはずなので。
「良き出会いだったようで、よかったですね」
「うむ」
満足げに頬を緩ませるガラン様を見て、そういえば微笑とはいえこの方が笑うのはいつぶりだろうと嬉しくなります。
ミオソティス様という方は、どのようなお方なのでしょうか。城から離れられない僕が会える日はいつになることやら。
まだ見ぬ姿をぼんやりと想像しながら、僕は主の新しい友人にそっと思いを馳せるのでした。




